時が経つのなどとても容易く、早く。
だからこの孤独が支配する空間すら受け入れ始めてきていた。
だからこそ、だろう。
思ってなんかみもしない。
「父さん、飯、出来………た…」
湯気を立てる味噌汁と白く光る白米、こんがりと焼けた脂身のある鮭。
お盆ののせた2人分の朝食を持って、今日もアルヴィスに向かう俺と父さんの麗らかな朝食風景ががらりと反転する。
ひょっこりと、俺の座布団の上に座った居たのは紛れも無い、
「あぁ一騎、おはよう。」
皆城総士。
ヤツだった。
Welcome to Shangri-La
again!
「……な、なぁ!?総士!?」
「落ち着け一騎、味噌汁がこぼれるぞ。早く置け。」
「な、何で父さんそんなに落ち着いてるんだよ!」
「いや…案外すんなりと受け入れられてな。」
「そうだぞ一騎。素直に喜べ。」
「驚けよ…!!」
心の底から何かを叫びたくてたまらない衝動を抑えながら、ぐらぐらと揺れていたお盆をそっと机に置いて、朝食を並べる。
「総士、お前の分は無いからな。」
「何。」
「だから俺の味噌汁をちゃっかり掴んで飲もうとなんかするなよ。」
「む、そうか…。」
「なんだ一騎、素直に喜ばないのか?」
「驚いてるのにどうやって喜べって言うんだよ…」
何故だか、常識があまり通じない…というよりも、常人の感覚から多少ずれているらしい父親に、もはや何も言いたくなかった。
言えば言うほど、こっちのほうが疲れる。そういうことはあの日以来、よくあることだったから。
「なぁ一騎、僕の分は何も無いのか?」
「当たり前だろ!」
フェストゥムの側に行くと言って。
必ず、お前の元に戻るからと言って。
飛散した総士が元の形を取り戻した時、それが2年目のことだったと、言う。
肉体はあの時のまま――つまりは、成長した俺達、当時のパイロットたちとは違い、取り戻した肉体は17歳ではなく15歳。
あの頃は同じぐらいだった俺と総士の身長さを見ればよく解る。
総士の頭が、俺の、目線の下に、ある。
「…これって……貴重だよ、な。」
「何、成長はすると思うぞ。これからすぐさま一騎を抜かしてやるからな。」
「…譲るつもりは、ないからな!」
ぎゃーぎゃーと、珍しくムキになって怒鳴る総士と言い合いをしていれば呆れたような視線を此方に向けながらずずーと味噌汁を啜って、ぽつりと。
「……皆城君はまず遠見先生のところに行ったほうが良いんじゃないのか?そもそも。」
もっともすぎる正論を、言ってのけた。
「み!みなっ、み…み、………!?…!?」
「遠見。…遠見。最後の方、言葉になってないよ。」
「一騎、くん!?ちょっと待ってよ、横に居る物体は何!?」
「物体だと?相変わらず失礼だな、遠見。」
「五月蝿いわよストーカー!一騎君、大丈夫?何もされて無い!?」
「……う、うん。」
総士のことが嫌いなのではないかと、過去に問い掛けたことがある。
全然、嫌いなんかじゃないよ。
にっこり笑って、清々しい程の笑顔で答えた遠見は一体何処に行ったのだろうと。
肩をがっしりと掴んでぐらぐらと揺らされる為に揺れて見える遠見の姿を見ながら、そんな事を考えた。
「遠見、揺れる、ゆれ、ゆ…っ!」
「………別に僕はもうなんだか如何でもいいんだが、聞け遠見。」
「何よ、皆城君。」
「一騎が、死にそうだ。…というか、舌噛んだぞ。」
「嘘っ!?」
あぁやっと気づいてもらえたかと少し遠くで考えながら、何事かと玄関で騒いでいる娘と誰かの様子を見に来た遠見先生が普段は聞かないような随分と驚いた声で彼の名前を叫ぶまで、そう時間は掛からなかった。
先ず最初に、彼はどの様にしてこの移動する-竜宮島は蒼穹作戦と名を付けたあの戦いが終わった後、2年という歳月の中で、以前行ったようにぽつぽつと島を動かしていたりする-竜宮島に戻ってこれたのか。
そして続くのが、彼は今、"なんなのか"、だ。
フェストゥムとの、共存。
それにより彼等からの襲撃の回数の激変っぷりはなんというか、驚くしかない。
毎日のように繰り返された襲撃が2日ごと、4日ごと。そして現在に至っては1ヶ月に一度程度にまで減った。
最初は、コアの破壊により少なからず同様をしていたフェストゥムたちも次第に理解に理解を重ね、そうしてこういう結果になっ
たのだろう。アルヴィスで行われた会議では、そう結論が出された。
だからと言って、皆城総士はどの様にして帰ってこれたのか。
移動を続ける竜宮島に現れるフェストゥムの中にも、まるで迷い込んでしまったような者がいる。
なのに。それなのに彼はどうして。
フ ェ ス ト ゥ ム 側 に 行 く と 言 っ た 彼 は 、 何 故 ?
――心臓がどくんと跳ねる。
まさか。そんな、ことは。無いだろう。無いに決まっている。
知らされた情報、騙したり、知能のあるフェストゥムたちが居ることは既に承知している。
それを、彼がする訳が。
無い。
否、違う。
そうでありたいと、願う。
これは願望。単なる夢物語で、ほら目の前に居るのは誰?
フェストゥムなのか、それとも大切な友人でありそしてそれ以上でもある唯一無二の、皆城総士、その人なのか。
誰がそんなことを、見極められるだろう。
できやしない、できっこない。
そんなことは、まだ弱くて弱くて如何にもじれったい自分が、できるわけが、無いのに。
必要以上にくっついてくる総士(遠見曰く、金魚のフン)を易々と引き離すことも出来ないまま、ほんの少しうろたえていたのが
解ったのか、家の中でも白衣の遠見先生は、暫く2人で再開を記念して、散歩でもしてきたら?と提案をして、現在に至る。
「…総士、あのさ…」
「何だ。」
「………常に1歩後ろを付いて来られると、逆に、怖い。」
「…そうか。」
「今納得するなら、最初から横に居てくれよ…」
とっとことっとこと、まるで小さな子供のように―久々に動かすのであろう、その身体はまだなかなか上手く動かないらしい―散
歩といっても以前の彼のような速さで歩くことはなく、とてもゆっくりと2人で海岸沿いを歩いていた。
よぎる些細な亀裂のような、不安。
そしてそれを否定したいと言う、願望。
どうして俺が。
待っていてといわれた俺が、そんな事を考えているんだろう、馬鹿じゃないか、何で総士を疑うのか。
ぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる、坩堝に嵌る様に。
「……なぁ、総士。」
たん、と。
あの頃から未だに変わらない多少の身体能力の高さ故にできる、ひょいっと軽々防波堤に飛ぶこと。
「…まだやってるのか、それ。危ないだろう。落ちたらどうする。」
「まだやってるよ。また言うのかよ、それ。大丈夫、落ちても、砂だろ?」
「……まぁそうだが。」
くすりと、そして変わらない笑み。
変わらない身体で、笑う。
何故だか見ていられなくて、まだ高い陽に照らされゆらゆらと揺蕩う水面を見ながら、彼に背を向けて、話す。
「覚えてるよな、待っててって、言ってたこと。俺、ちゃんと返事したよな?」
「あぁ、覚えているよ一騎。」
「本当、だよな?」
「あぁ、泣きながら…言ってたな。」
「そ!…そ、そこはいいんだよ、別に」
「そうか?」
「………なぁ、総士。」
「なんだ?」
「総士は、今、俺の後ろにいる皆城総士は
―――此処に居るよ、な?」
《そうだね、ちょっと不安だよね、あんな子じゃ。》
子…子って…仮にも…
《ふふ、いいの、気にしないでね。わたしお母さんになったんだもん。いいでしょ?》
……いい、けど…子って柄じゃない…もっと、おっさんくさいぞ?アイツ。
《うん、そうだね。ぬ!とか、言うもんね》
言う…うん、言うな。確か、に。
《ねぇ、一騎。一騎は不安なの?》
ふ、あん…。
《総士が総士であるのか、とっても、不安なの?》
だって、……そうだろ?信じたいし、信じてたいよ。けど。けどそれでまた俺が平和を崩したら…!
《…一騎は、やさしいね。》
優しく…ない、俺は。総士を……あいつを、疑ってる、のに。
《うぅん、やさしいよ。一騎はとってもやさしいの。だからまた、自分で傷つこうと、してるの》
自分、で?
《そう。だからね、もっと頼ったり、していいんだよ。誰かに背を預けたりしていいし。だから信じても、いいんだよ》
しん、じる…?
《十分、傷ついたよね。だから信じて、それでもしまた、傷ついたとしてもね、きっと皆、怒らないよ。許してくれる。一騎ばっ
かり傷ついてたら、皆も悲しいもん。だからね、信じても、いいんだよ。一騎がしたいように、思うように。》
…いい、のか?
《…ねぇ、一騎。そろそろ、貴方も、心の底から泣いたり笑ったり……しても、いいんだよ?》
「……………また…夢に出てきた…」
あのまま、海の前で2人して眠ったらしい。
あの不躾な問いに、ほんの少し目を開いてから、にこり、と。
滅多に見ることなんて無かった彼の優しげな微笑みをみて、一騎、降りてみようかなんて、珍しいことを言って。
何と無しに海を眺めて、そしたら、眠ったらしい。
首がいたかったりするあたり、数時間はたっているだろう。
何時の間にか、綺麗な夕焼け空が広がっている。
さて総士は何処に行ったか、と首を回す前に。
こてんと、倒れてきた。
「・・寝てる……」
倒れてきたそれは、居眠りをこく皆城総士。
こんなこと滅多に無い。如何したんだろう、天変地異の前触れか何かだろうかとか、妙な思考を張り巡らせて考えてみる。みるが
、その考えもすぐに巻き戻されてしまう。
《だからね、信じても、いいんだよ。》
信じる、という、こと。
何故だか、イマイチピンとこない。
作戦から帰れば、島とひとつになったという皆城乙姫その子は、何故だか度々夢やら幻となって俺の目の前に現れる。(酷い時は1週間毎日。)
それはきっと乙姫ちゃんが守ってるんだね!と、遠見がそんなことも言っていたが、そうではないような気がする。
遠見や、カノンや剣司。そして目覚めることが出来た咲良。父さんや遠見先生や、今は亡き"あの人"の子を抱く弓子さんもそれをほんの少し笑いながら眺めたりする溝口さんも。
彼等の後ろにも、彼女はよく現れる。当人が気づかぬうちにぽつんと消えてしまうか隠れるかするが、よく俺のほうを向いて、な
いしょだよ!と必死に主張しているあたり、彼女の中で半分遊びでもあるような気がする。
もう半分は、彼女の言う、"おかあさん"の、義務。…らしい。
《おかあさんに、なったの。だからね、皆が大切でいとおしくて。だからついつい、気になるの。もしかしたら一騎が今よりもっ
と大きくなった頃に、わたしがまた外に出られるかもしれないけどね。それまで待てないの。》
要は、彼女は随分な子煩悩であり、心配性である。
そんな彼女が、よく言う。
信じていいということ。
「……今日は、随分熱弁だったけど…。」
もしかすると、此処に居るかもしれない。
あまり後ろを振り返りたくない気分だ。
「…信じるって言われても、な…。」
それで傷つくのは、自分だ。傷つけるのも、自分かもしれない。
痛みに極端に恐怖するようになってしまったからには、どうもそれが、出来ない。
それを皆は受け入れてくれるよと彼女は言うけれど。
本心では、そうであってほしいと、願うけれど。
「………なぁ、俺は、信じていいのかな…総士。」
「当たり前だろう」
「……起きてたのか。」
「驚くなよ。ありきたりなパターンだろう。」
よいしょ、と。寄りかかったままだった俺の肩から離れて、座りなおす。柔らかな砂の上。
「僕の夢にも、なにやら出てきたぞ。」
「…乙姫?」
「一騎をよくも虐めたわね、と言われた。虐めたか?」
「…帰ってこなかったし、な。」
はは、と乾いた笑いが、こぼれてしまう。
そうだ、寂しいと。哀しいと。
意識を取り戻したしろいしろい部屋で嘆き叫んで、泣いたこと。
彼女にはダダ漏れだ。
「……でも、よかったな。」
「なんで?」
「お前に関する近状も聞けた。」
「……妙な事聞いてないだろうな、総士。」
「……………さぁ?」
「その微妙な間はなんなんだよ。」
今度ははぁあと溜め息をつけば、くつりと意地の悪い笑みで総士が笑う。
「安心しろよ、一騎。」
「僕は僕なんだ。あちら側には行った。けれど僕は僕だ。例え此の身体が珪素で形成されたフェストゥムのようなものだったとし
ても、僕は皆城総士だ。お前が覚えていてくれる限り、此処に、お前の元に、戻ってこれるんだから」
「…う、わぁ……総士。総士総士。すごい恥ずかしいよお前!!」
「何だ、そうか?」
「さ、さらっと凄いこと言うよ、お前!言うな!」
「なんだか無茶なことを言うな、一騎は」
くすくすと笑う総士につられて、うっかりと笑い出してしまった。
あぁ、何を心配していたんだろうか。
戻ると言っていたじゃないか。彼は。
俺が存在を、その皆城総士という存在を、望む限り。
信じることはまだ怖いけれど、それよりも、楽園に再び帰還した彼への喜びとか。
改めてつのって。
涙を流しながら、笑った。
「あぁ、おかえり。総士。」
「ただいま、一騎。」
「待ってたよ。」
「お待たせ、だな。」
おかえりなさい、皆城総士。
皆が、待っていたんだ。
俺も、待っていたんだ。
「帰ってきてくれて、とっても嬉しいよ。」
「素直に言ってくれて、こちらこそ。」
やっぱり、近くにいるであろう少女と、総士と俺と。
3人分の笑みが、なかなか沈まぬ夕日に照らされて、小さくささやかに響いた。
……終わった…!!!!疲れた!なんかいろいろと搾り出した感たっぷりです。2周年ありがとう、おめでとう。主に俺に対して
俺の為に書いたような気がしなくもないですが気にせずにー。(笑)
メージュに随分前に乗った皆城帰還書き下ろし平井氏のイラを脳内に置きながら書きました。
ごたごたしてますが、言いたかったのは皆城帰還と一騎の苦悩ですから。
捏造部分も多々ですが、まぁ……許してくださいね!
2周年、やはり鮒で落ち着きましたが、まぁそこらへんは愛嬌。(そんな)
読んでくださった方、ありがとうございます。
初期閲覧者の方も、今日が始めての方にも、みんなにいいたいありがとう。
アンスカ生まれた日。彼等の再びの邂逅話を少しでも共感して読んでくれた方がいれば、うれしいなと。
そんな澄逆緋咲でした!
これからもよろしくおねがいしまっす!
051221//Hisaki.S.---TWO ANNIVERSARY'S DAY !!!
※お持ち帰りフリーですが、著作権は捨てちゃいませんので…もって行きたい人は「澄逆緋咲」が書いたよってことをどっかにぽつんと置い
てくれれば満足です。俺は。(笑)※
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