例えば小鳥のさえずりとか、親を呼ぶ子供の声とか、数え切れないような音が耳を掻き混ぜる。
耳障りなのかなんて聞かれたらそうじゃないんだって、力いっぱい否定する。
だってこれは生きてる音。
すべて、みんな、生きている証、だから聞こえる音。
いのちの、おと。
「………何してる。」
「何、って……見て解るだろ」
「サボってる奴が堂々とンなこと言うんじゃねえ。」
がつん、と頭を直撃する音と同じタイミングで本の角がざくりとあたる(というよりも、刺さった)ような感覚が走る。
目の前を星が弾けて声をなくして、暫くしてから叫びだす。
「……っいてぇ!!!なにすんだよアッシュ!これ以上俺の脳細胞減らすなっつーの!」
「解ってんならそうやって殴られるようなことしてんじゃねぇ!この…」
「おーい。ルーク、アッシュ。…ってアッシュ!お前またルークに殴りかかって…!!」
「な、違!コイツがサボっているから悪いんだ!」
ガチャリと音を立てて扉を開けた4歳上の幼馴染が顔を覗かせた途端に偏見が8割以上入った言葉を投げつける。マルクトからの伝達係と称していいようにこき使われている奴の姿を、まあまあと言いながら泊めた母上が見たらきっと柔らかく笑うのだろう。先日も同じような場面に遭遇して、「3人は仲がいいのですね」と、俺達よりも数歩外れた視点から微笑ましげに見られたものだ。
「とにかくテメエはさっさとグランコクマでブウサギ引き連れてやがれ!」
「ルーク!アッシュが酷いんだがな!なあルークもうお前このまま俺とグランコクマに行かないか。大丈夫だぞ俺の屋敷はちゃんと陛下が作ってくれたから広いしペールがお前の好きな花もそ」
「黙れこの使用人!」
「…ガイって、なんか色々吹っ切れたよな…。」
ギャーギャーとまるで取っ組み合い寸前の喧嘩をするようなテンションで言い合う二人を見る。
こんな光景が見える日など、来る筈ないものだと思っていたのが正直なところだった。
死ぬことが怖い、そして、嫌だ。此処に居ることがどんなに幸せで美しいものなのかを沢山の人だとか生き物だとか、そして世界そのものに教えられていたのにそんな酷い現実があっていいのか。それでも俺ひとりが消えてしまえば死に絶える道を進む、闇色の破滅を抱いた世界は救われる。だったら、消えたほうがいいんじゃないか。俺一人が消えても、そうだ、アクゼリュスが滅んだよりもとてもちっぽけで、哀しみなんて何千倍も薄っぺらい。
確かに受け入れていたのだ、ローレライとの対峙、その瞬間。
それから、目を醒ますギリギリまでは。
「あの、出来損ないでどうしようもなくて屑なレプリカを返さないとはいい度胸だなあ、万能ローレライ!!」
脳天を揺るがす声は、生温い場所に浸っていた俺の意識をがっちりと掴んだのだ。強く強く、それは例えるならば一生離してやらないと言わんばかりに、くっつくタコみたいに。
「……屑、屑って…言うんじゃねえよ、アッシュの馬鹿野郎!!」
喉がひび割れるぐらいの勢いでそう叫んだら、どうだこのやろう、なんていうような表情でふふんと笑うアッシュが見下していた。
場所は花舞う、渓谷。すべてが始まったあの場所。
ご丁寧に音素乖離直前まで着衣していた、白い服も丸々、この体ごと。
「あ……しゅ…?」
「間抜面で名前を呼ぶな。早くしろ、あの女がさっきから歌ってるだろうが。」
「ちょ…なんだよ!引っ張るな!どうなってんだよ、ローレライは!?」
「テメエが解放しただろうが。」
「なんで、生きて…!?」
「俺の肉体は停止したが、魂はお前に喰われた。そこから引きずり出して奴がご丁寧に再構築してくれた。」
ぐいぐいと片手を引きずられながら、見覚えの無い服を纏ったアッシュは夜の渓谷を進む。段々と耳になじんだティアの声に近づく気配がして、何故か体内が震える。
「俺は、音素が…」
「テメエはローレライだ。アイツに散々嫌味を言ってやったらようやく重い腰を上げた。おそらく今、テメエの体内の音素が震えてるだろう。アイツの圧縮版みたいなもんだ。ついでに伝言も伝えてやる。"私を解放したほんの礼"だそうだ。」
「ちょ…よ、よくわかんねえよ!なんだそれ!」
「テメエはもう消えねえんだ。」
情報量についていけない脳内が、ぐるぐると眩暈のように揺らいでいるような気すらした。
左腕を掴んで進むアッシュの熱だとか、頬を撫ぜる風の音だとか、確かに聞こえる心音だとか。
夜の匂いに包まれて、くらくらするほどの感情が渦巻いている。
「もう、消えることは無い。生きて、死ぬ。音素の心配は奴が無いと言った。お前はお前の居場所に帰れる。そういうことだ。」
ぼんやりと人の影が見えるあたりまで進んだところで、ようやくアッシュの足が止まる。
当然、引き摺られるように歩いていた自分の足も停止する。
「…アッシュも、一緒だよな…?」
「………俺は、指きりなんぞ勘弁だ。」
背を向けたまま、何処か不機嫌な声だけが耳に入る。夜風に靡くマントのようなアッシュの上衣を目で追いながら続く言葉を待つ。暫くの間、沈黙しか流れない空間を自分とそっくりの僅かに低い声がゆっくりと裂く。
「テメエが無理矢理約束させやがったんだ。その上ぎゃーぎゃー五月蝿く俺の名前なんぞ呼びやがる。耳障りにも程があるんだよ」
「み…っ!耳障りってなんだよ!っていうか、お前の名前なんか、」
「呼んだだろう。お前が俺の身体を受け止めた時。なんで死んだ。置いていくな。そう喚きやがる餓鬼の御守りは、もう居ないんだからな。仕方無いからついていってやる。…情けないことに、母上にも、お前を頼むなんて言葉をかけられちまったからな。」
そうやって振り返ったアッシュの表情は、やけに吹っ切れたような顔つきで。
何時も皺の寄るような顔にうっすらと浮んだ笑みは、自分とはまったく違った。綺麗に、とても綺麗に笑っていた。
英雄と讃えられた人間が二人も帰還したことにより、バチカルはこれでもか、というほどに沸いた。
ローレライ解放後に、ますます民の為にと働くナタリアと娘を温かく見守る陛下、それから父上が主立っての式典も行われる。
それがあと、数時間後のことだった。
堅苦しいが、折角与えられたものだ、ということで来た服では身動きがとり辛いが、どうにかして自分の髪をいじっていると勢いよく扉が開く。
この勢いのよさは恐らくひとりしかいないのだろうなと思って、ぐるりと振り向く。
「おい、さっさと準備を………、何してる。」
「……三つ編みが、できない。」
「テメ…さっき人がやってやっただろうが!何解いてやがる!!」
「お、俺だってできんじゃねえかと思ったんだよ!アッシュなんかするするーって、ぱぱっと出来るだろ!」
「この不器用!それ以上いじるな!座れ!俺がやる!!」
左手に握っていた櫛を乱暴に奪い取って、そのまま椅子へと座らせられる。
その勢いとは打って変わって柔らかく髪を梳く感触に、うっかり睡魔がちらちらと影を覗かせるので、瞼がとても重く感じられた。
「……式典、長いのかな。」
「さあな。式典よりも、その後のパーティーの方が疲れるぞ。社交辞令に混じって平然と棘を吐く奴もいる。」
「なんだそれ。」
「……7歳児にはわかんねえだろうがな。まあいい、テメエの仲間も来るだろう。少しは力を抜いてもいい。」
「アッシュは?アッシュも一緒に抜け出すだろ?ガイと約束したんだ。皆でこっそり抜け出して、俺の部屋で話でもしようって。」
「テメエ、そんなに殴られたいか。」
「………っ、殴ってから言うな!」
多分きっと、ありえる筈も無かったこの時間が続いていくのだろう。
思った以上の優しげな手つきで編まれてゆく自分の、長くなった髪を眺めながら思う。
自分が救えた世界に救われて、さらにアッシュが横に居る。
「…、もうこれ以上触るんじゃねえぞ。式典の途中で三つ編み絡まった間抜な奴の横には並びたくないからな。」
「うん。サンキュなアッシュ。」
「行くぞ、時間もそう無い。さっさとしろ。」
この繋いだ手からする音、同じ鼓動の音。
足りない音を補う音が、ふっきれたように気まぐれに綺麗に笑うから、全部みんなどうでもよくなってしまう。
「よーし!じゃあさっさと終わらせてみんなで飯食うぞー!!」
「少しは緊張ってモノを知れ!この屑!!」
とりあえず言えることはたった一つだ。
アッシュが呼んで、世界に還って来れて、とても、よかった!
太陽に抱かれた陽だまりで笑う焔
(「なあアッシュ、いっそ式典、二人でさぼんね?」)
(恐らくルークのサボり誘導発言にアッシュは乗ると思っちゃ駄目ですか。夢見すぎですか。(笑)皆で飯、とか言ってますけど、それもサボりそうな勢いで二人で日向ぼっこでもしていればいいさ!そんな勢いで書いた。御免。アシュルクでED捏造すると、基本的に無理矢理になります。だってそうさ、それは自分の脳味噌が足りないからさ。無理矢理でも許してくださいまし。)(エチャに招いてくれたカヨちゃん、それからお相手してくれたるーま様、陸様、蒼季様!アシュルクこんなでした。目の保養ありがとうございましたー!)(060914)
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