「死ぬんだったら、誰も知らない場所で空気みたいに融けて消えたい」
「勝手に死んでろ。」
「そんで、誰も泣かないで欲しい。俺なんかの為に嘆く時間はいらない、必要ない。勿体無いんだそんなもん。」
「食いも嘆きもしてやんねえよ、だから、オイ屑、さっさとこの手を離しやがれ」
優しい、やさしい。彼の二つ名の如く鮮やか過ぎる赤。流るる血の色。
とても優しく温かな、ひとの色。
そんな長く伸ばされた真っ直ぐすぎる髪が風に流されて、とうに短くなった自分の劣色と交わった。






 

 





多分この手を離したならば、アッシュの皺ひとつ無かった教団衣の裾一部はしわくちゃで、一生残りそうなまでに寄せられた眉間の皺も深くなってしまうのだろう。
それとなく握り締めた掌はしっかりと黒を掴む。赤を引き立てる闇色。
決戦前にミュウを休ませようと提案したティアと、珍しくもすんなりと同意しそして全員を揃えてエンゲーブまで行きましょうかと言い出したジェイドを筆頭に、アルビオールに乗った自分たちが此処に足を降ろしたのは昨日。
そして今日は各々が自由行動ということになり。
やることも対して見つからず、かといって布団に包まったまま体内をゆらゆらと絶えず震わす消えてしまいそうな音素の気配を辿っているのは正直遠慮したい。それは今一番自分を揺るがす原因なのだから。
結局もぞりと起き上がってから、村を歩き回ることにした。外郭大地にあった頃のように綺麗になった、この村を、ひとりで。


ことの発端は何も知らない緩慢すぎた当時、文字通り世話になった店で林檎を買いちょっとした会話をぽつりぽつりとした直後だった。
風景に決して溶け込むことの出来ないような、存在を主張しすぎる赤色を見つけそして目を見張ってから、足は無意識に最高速度を叩き出しながら走り出す。
「…っ、アッシュ!!」
「!!」
眉間にはしっかりと皺をよせ、恐らく同じように決戦前だからこそ、食料等を安く買い込みに来たのだろう。
片手にはどうやらチキンが見える紙袋と、もう片方には自分たちが持っているそれを同じような食料袋を持つ姿。
それは確かに、数日前に見たアッシュのソレだった。
実に不愉快な物を見たと言わんばかりの表情で、見て見ぬふりを決め込んだらしく。
すたすたと歩みを再開させたアッシュを維持になって追い回したうちに、結果としては村の外へとふたりして出てしまった。
変なところで頑固なのは流石といった所だろうか、同位体とは実に愉快ですね、なんて眼鏡の軍人の台詞が幻聴として聞こえるほどに可笑しくなった。
とにもかくにも、そこでようやく掴んだ裾を、離せ離すもんかさっさと離しやがれこの屑が屑って言うなよアッシュのわからずや誰が離すかってんだいいから離せって言ってんだろうが皺が残るんだよそんなもん俺が知るかよ離さない…云々。
果ての見えない問答の末に、結果として言えば同じタイミング同じ動作で草の生い茂る地に腰を下ろすことになった。
ちらりと、溜め息をつきながら遠くを眺める同じ顔を眺めて、自分と同じ造形をしたはずの僅かに差異があることを見つけ、これはきっと劣化したレプリカのせいなんだろう、なんてことを考えていたら、容赦なく殴られた。
何時の間に抜いたのやら知らぬが、その腰に付いた、剣で。
剣で。容赦なく。
「いッ……!!!」
「……阿保面晒すんじゃねえ」
「いて…マジいってぇお前容赦ねえな!ていうか今すぐ回線つなげて同じ痛み味あわせてやろうか…!」
「今まで散々こっちからしか連絡手段が無かったとか喚いてた癖に今出来んのかよ、できるならやってみやがれ」
「ぐっ、こんの…!」
そこで思い切りつかみかかって殴ってもよかった。それはひとつの選択肢で、けれど俺はそれを突き放した。
殴りかかるということは、それは掴んでいた手を離すということになるからだ。布切れ一枚でようやく繋がっている今の自分たちを、必死に掴んだそれを離したくなど無い、だってそれは、最後の決別。
此処で何かを言わなければ、これは最後なのだから、きっと後悔という感情を焼き付けられるのだろう、きっと、心に直接。
それは決してしるしや焦げ臭いにおいなんてものは遺さないけれど、確実に痛みを残すのだ。
心の奥底で確かにそう警告する声が聞こえる。
そうして、情けなくも中途半端に振り上げた片腕をぽすんとおろして、浮きかけた腰をもう一度饐えなおせば見事なまでに驚いた顔がうかがえた。これは多分きっと貴重映像に認定されるだろう。自分の中で。
タイムリミットは迫り来る。圧迫した空気と常に暴れるように微振動を繰り返すかのような異常な動きをする体内が示す、ざわざわと騒がしいぐらいに精神が揺れ動く。恐怖だとかそういうものを何処かにおいてきてしまったのかと疑いたくなるほど表面上は冷静でいられる自分を殴り飛ばしたいほどに、動揺は深く深く浸透してそして滲み出ているのに。
その中に溶け込むのだろう、貴重映像。アッシュの驚いた顔。
「……気色悪ィな。」
「俺だって気遣いとかはあるんだっつーの。必要以上に喋ってまたこの前みたいになったら、嫌、…だし。」
雫が水溜りにぽちゃんと落ちるように静かに呟いたはずの声を、現役の兵士であるアッシュが聞き逃してくれるはずなどないのだろう。
「……いっそ此処で死んでやりたい」
「そうか、勝手にしろ。テメエが此処で死んだら無理矢理叩き起こしてローレライを復活させるのに使ってやるよ。随分と役に立つ骸だな。」
「此処で死んでしまえばアッシュは俺を、少しぐらいは悔やむだろ。でも本当は違う。俺は、本当は。」

消滅の仕方。
融けて消えたらなんて素敵。
そんな夢みたいな、願望。
幼くて拙い、子供が描く絵空事みたいな、そんな希望。

「離さない、離してやらねえよ。なあアッシュ。お前は俺をきっと忘れられない。だって優しすぎるから。それに、だから、」




 

 






ざわざわと、心地よくそよいでいた風は肌を撫でることなく突き刺して切り裂くようにピリピリと痛む。
勢いよく立ち上がれば横で先程よりは少しマシになった阿保面を晒すレプリカの手は離れるだろう。
けれどソレはできない。縛られたのだ。
「だって優しすぎるから。それに、だからお前は此処に俺を置いてってくれないんだろ?」
いっそ此処で殺してやろうかという、あの日全てを奪われすり変えられたたったその瞬間から続いて植えつけられた憎しみ。それに相反するように馬鹿だ馬鹿だと罵っていた自分こそどうしようもなく取り返しの付かない愚人だったのだと理解し、そして僅かに浮いていた腰を下ろす。
否、そうではない、おろさねばならなかったのだ。肌が粟立つ程の、上手に隠して無意識の内に仕舞いこんでそして消去しようとした場所を、突き刺すような言葉に。
「ふざけた事を、ぬかすな。」
「…うん、悪い。」
「テメエが素直だと気色悪いな。最悪だ。」
「言ってることがころころ変わってるアッシュもアッシュで今日、どうしたんだよ。」
ああ、痛い。
「うるさい。うるさいうるさい、うるせえ黙れこの劣化レプリカ風情が!何が分かる何を理解した、テメエに!二度も崩された俺の信頼の向かう先をブチ壊すことが!最終的にはどうにかなっちまうようなもんが!解るのか!!」
痛い、何がだろうかなんて解らないのに、ただじくじくと深い傷口から血ではない何かがボタボタと流れ落ちていくような感覚だけが呆然と感じられる。
「…ごめん。ごめんな、」
「何がごめんだ。何の謝罪だ何に向けた、何処に…、だれ、に。」
「ごめんな、アッシュ。…アッシュ。」


痛い。ただ只管に痛いのだ。
ぐらぐらと揺れ動くレプリカの音素はその不安定のままに気まぐれに同調し、そして気まぐれにシンクロして去ってゆく。ぷちりと勝手に切れてゆく。縋り付いておきながら何の言葉もなしに何も残さずに跡形も無く消えて。
これもだ。酔ったようにぐらぐらとしそうな思考の中に、どうしようもなく卑屈だとしか言いようのない感情がマーブル状になって零れてくる。
それは嫌悪ではない。邪悪なものでもなく灰暗い色をしたものではない。
そうだったならばどれだけよかっただろう。
「ごめん、アッシュ。(最後に)俺を甘受してくれて、ありがとう。(ごめんな)
痛くてうるさい。とても五月蝿い、耳障りにも程がある。
最後だとか、繰り返されるごめんだとか。
その口が開いて音を鳴らしたわけでもないのにしっかりと脳から伝わってくるのだ。きっと奴にとっては無意識に。
無意識のままに、優しさを孕んだ剣で、幾度も幾度も穿つのだ。





ありがとうアッシュ
それから、ごめん





ああ、伝わる思考が疎ましい。

 










子羊のロンド、生贄のワルツ
(人でなしになって嫌われたらいい、優しい空気すら痛みにしか繋がらない自分にはもう奴の呼吸すら、痛い。)

 

 

(えぇーっと…、こういう感じで、アシュルクでした。自分はとことん無邪気な邪気を放つルークが好きなのかなとか思いつつ。結局ルークを思考から捨てることすら出来ない馬鹿でどうしようもない感じのゲーム本編アッシュがどうやら自分は書きやすかったですとも。でもコレの途中はスランプ真っ最中だったので、もしかすると文面とかテンションの代わりっぷりがバレバレかもしれない…。気付いた方は生暖かい目であぁここかーみたいな感じの心でお願いしたいです。)(061117)