「命令だ!アッシュを連れて来いルーク!」
「なんですか行き成り!!」
マルクト帝国、特別皇帝勅命(27回目)。
ローレライ教団の教団兵、オラクル騎士団特務師団師団長、通称鮮血のアッシュ捕獲命令。
「そーら行けルーク!俺は待っているぞー」
「陛下が行ってくださいよー!!」
勝手に、発動。
とぼとぼと爽やかな町並みと流れる美しい水の街グランコクマ内を歩く。
「アッシュ、捕獲…」
正直なことを言えば、先日このグランコクマで決別宣言にも近いものをされた身としては捕獲命令はキツイ、相当苦しいものがある。
よりにもよって陛下の勅命がくだらなければきっとそんな暴挙にはでなかっただろう。
何を考えているのか、それ以前に何を言い出すのか本当に計り知れない皇帝陛下に振り回される幼馴染ジェイドと現在目下ブウサギ飼育係ガイの気持ちが僅かながらわかったような、そんな気分に陥ってしまう。
はあ、と何処までも深いところに沈んでいけそうなくらいの溜め息をつき、顔を上げた際にちらりと見えた赤い色。
「………………アッシュ」
こんな都合のいい展開があるのか。いや、ない。
すくんだ足をぱしんと叩いて、怯んだ心を叱咤して、走り出す。走れ走れともう直消えてしまうであろう、最近ふるふると震える体内を廻る音素に言いつけるようにして地を蹴った。
その日自分は心底腹が立っていた。その日自分は心底不安定だった。
同等に並んだ感情の渦に巻き込まれないためにも、先日心の底から嫌悪感の湧き出たレプリカを拒絶した町をうろうろと彷徨う。
一回は、グランコクマを出たはずだった。だったのだ。しかしどうしてか足はそこにふらりと戻り、何をしているのか解らない自分を叱咤し、ヴァンの待つエルドラントに向かう。
しかし向かったところで、するりと戻って来てしまうのだ。此処に。
「何の…呪いだ、コレは…」
ふうとついた溜め息に、気付けばレプリカの背後に何時も居る眼鏡とレプリカに異常なまでの視線を注ぐ使用人だった男を思い出す。
「まさか、な…」
「アッシュー!!!!」
「うおおおお!?」
後ろからの襲撃に瞬時に反応できる人間が居るならば今此処に呼んで来い、そう叫びたかった。
「この、屑が……ぁ…!」
「ご、ごめん…ほんと御免そんな真っ向から喰らうとおもってなくて」
「テメェ…背後から猪のように突進してきた上に少し気配がない奴を受け止めきれる人間が居るのか、居ると思っていやがるのか?」
「…ごめん」
都合のよすぎる展開を逃す訳には行かないという決心と共に走り出し
た俺自身は背中を向けた状態で町を歩いていたアッシュの背中に真っ直ぐ向かい、そしてそのどうしようもない勢いのまま突っ込んで、アッシュを下敷きにふたりまとめてばたんと倒れた。
ぐあ、と、まるで蛙の潰れた様な声を漏らすアッシュと、そんなアッシュをクッションにしてグランコクマの道々に敷き詰められた硬いレンガの上にびたんっと倒れこんだ故に、先ほどようやく起き上がったアッシュの顔がその髪に巻けず劣らずの赤みを帯びていた。
「屑…貴様これで仕様もないこと言い出したら本当にブチのめすぞ…」
「(目がマジだ…)あ、いやその……俺は伝言係、で…」
「あぁ?」
「だから、陛下に!ピオニー陛下に頼まれたんだよ、アッシュを連れて来いって!!」
いちいち、アッシュの声にびくりと震えそうになる。自分の中で、他人から拒絶されるということはどうにもこうにも頭が真っ白になりそうなぐらい恐ろしいことになったらしい。
それは誰も彼もそうだろう、他人からの拒否や拒絶は恐ろしい。誰しも、人に縋って生きているのだから、その対象がなくなれば恐ろしくて恐ろしくて、立って居られなくなってしまう。
記憶を失って何もかも無くした俺を刺したのは同情の皮を被った冷ややかな視線、幼い俺がそれをあまり気にせずにすんだのは確実に仇の子でありながら自分を隠し機会を伺いながらもしっかりと俺を育ててくれたガイのお陰なのだろう。ひそひそと聞こえてくる声と人影の近くになると、優しい声色で名前を呼んで小さな自分を抱き上げてくれた暖かくも優しい記憶がぼんやりと残っている。
その恐怖を、まだ記憶新たなあの日、薄暗いぼんやりとした毒々しい色の空の下で。轟々と
機械音の鳴り響く甲板。何もかもが悪で何もかもが敵にしか見えなくて、けれど本当は自分だけが悪性の腫瘍のようなもので。ソレを切り捨てるように、冷たい声と抉るような視線とただ俺が全て悪いのだという、縺れ合い倒れ堕ちていった後に見えなくなりあとに残るのは後悔と耳鳴りのように残像として残る縋る声。助けて助けてと乞う声は何時の間にか俺を罵倒する声と呪う様な声色に変わる。
あの時の記憶は鮮烈に刻まれて、夢に出るたびにまた新たな傷となり痣となり刻まれて、未だにかさぶたにすらならずにだらだらと痛みを流している。
けれどそんな事を気にしている暇では、ない。
この前は何も言えなかった。だから今の内に、今ここで時間があるうちに言いたいんだ。
アッシュに、オリジナルルークに。
レプリカである俺が生まれてこれたもうひとりの感謝すべくひとに。
「あと、それから、俺も。…いいたい、ことが。」
「施しようのない馬鹿なレプリカ野郎の話はいらない。あの皇帝の用を済ませたら俺はさっさとエルドラントへ行く。テメエもぐずぐずしている暇なんてあるのか?」
「…暇は、ないよ。でもひとつだけ言いたいんだ。アッシュに。」
すうと、息を吸い込む。このたったひとつを言えるのはたった一人のオリジナルだけ。
「本当は。本当は俺、居なくなってもいいと思ってるよ。だって俺が消えてもお前が残って、お前が覚えていてくれるだろ。レプリカだった、俺のこと。」
恨んでいてもいい、憎んでいてもいい、一生許してもらえなくてもいいんだ。ただ其処にレプリカルークという存在が微々たる記憶としてでもいいから、残ってさえ居れば。
俺が作られ生まれ、そうして7年という時を過ごしていたということを。
「だから、ありがとう、…アッシュ。」
伝わればいい、この、一言で。
そう願って、言いたいことだけ伝えて。俺は逃げるように、走った。
「おう、アッシュか。よく来たよく来たじゃあとりあえず採寸な。」
「ご用件はなんでしょうかピオニー皇帝陛下。」
「かー!硬いなオリジナル。お前ももっとルークのように可愛らしくしろ、まずは眉間の皺をとってだなぁ」
「特に御用がないのでしたら自分はいかせて頂きます。」
「エルドラントにいくのならばその前に俺の用事を聞いてもらうぞ。」
「………、なんでしょうか。」
「ルークの、最後の為だ。今まで何着かあいつらには服を渡してやったが最後の最後だ。少しぐらい気合入れて作ろうとしたんだがルークの採寸表を無くしちまってな!」
「この部屋の何処かに埋れているんじゃないでしょうか」
「……探すのも面倒だ。いいから計らせろ、お前等は完全同位体だ、幾らお前が嫌がってもな」
「皇帝陛下はあのレプリカに随分とご執心のようで。」
「…そう、かもしれないな。そしてそれは同情なのかもしれない。けれど俺とルークはそれでいいんだ。あいつは誰よりも愛情を欲していて、誰よりも寂しい子供でしかない。けれどそれを埋めることが出来るのはたったひとりしかいない。俺では、不届きだ。」
「たった、ひとり?」
「ひとり、だ。おら、足の長さ測らせろ。………お前は、気付かないだろうからな。一言だけ言っておいてやろう。ルークは臆病だ。けれどたったひとりには一生懸命に自分の思いを伝えようとしている。気付いてしまえば、そんなもので解るかこの屑が、とかなんとか言いたくなるような言い回しで、な。」
神様が居るのならばたったひとつ願いたいことがあります。
そのためならば幾らでも感謝するし、どんなことでもじぶんはします。できるんです。
どんな手段も厭いません。だからたったひとつだけ、願いたいことがあるんです。
消えてなくならないで、ふたりで話がしたいんです。
もう一度ふたりで寝転がって広い広い空を見て、きっと俺はあははと笑って。けれどあいつは眉間に皺を寄せて俺を罵るだろうけれど。
そのままあいつをひっぱって俺の家のあの広い花の咲く庭で、話がしたいんです。俺の知らない世界のこと、俺の知ってるあいつの知らないこと。多分、あいつの話の方が多くなりそうだけれど。
…あぁでもそれじゃあ願いはふたつになってしまうなあ。
ふたつじゃ、かなえてくれないかなぁ、神様。あぁ、どうか、かみさま。
そして世界に残るは僕等の淡い淡い思念。
(届くなら願いたい、届かないなら叫びたい。けれどもう、それは遅く遅く。)
(アッシュにちょっと間違った感謝をしている本人に愛されている自覚のないルークと、実はルークラブフラグ立ちまくりなのにそれを真っ向から否定しているツンツンアッシュ。ルークに向かうラブ矢印は多いけれどルークから発する矢印はアッシュにしか向いていないので相思相愛になるにはアッシュが気付かなくては無茶です。けれどそれに気付くのはアッシュが死の間際、遅すぎる相思相愛、涙すら出ずに別れてひとつになって、そのまま溶けて消えて再構築されて二人の意識は混ざり合って。そしてそのまま、永遠に触れ合い語ることすら、できずに。)(070228//write//070318//up)
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