普段ならばまったくもってありえない光景が、其処にはあった。
「あ!!やっときた!」
「総士ぃー…遅ぇよー…。」
「………何事だ…!!」
|||暗い刹那を灯す灯火と君と。|||
時を遡って、この悪夢のような惨状に至るまでを考えてみる。
「…総、士………。」
「………一騎?」
滅多なことが無い限り、喋りかけるだけで挙動不審になることなど無い一騎が、とても気まずそうに
「何か、用か?」
「あ、いや…その………」
「………?」
「あー…総士、今日って…暇……?」
そんな事を、言った。
一騎が僕が僕であることをあらしめたあの一件以来、僕等の間には少しだけ溝が生まれた。
彼がとても気まずそうに、でもこうやって話したりできるのは、それだけ一件が心に刻み込まれているせいなのだろう。
「一騎。」
「な…なんだよ、総士…!!」
「……ぼくから、離れるなよ。」
そんな事を、事件の後に言ったせいだ。
独占欲の強い自分に呆れつつも、幼いなりに、よく一騎をつなぎとめたな、と。
日々、過去に感謝してしまう。
「…如何したのかしら。今日の皆城君は絶好調……というよりも、鬼気に迫る物があるわ…。」
「イライラしているのかしらね。」
「寧ろ逆だったりして?」
機嫌の良さと嬉しさのせいでついうっかりと正解ですよ、遠見(弓)先生。といいそうにまで成り果てていた。
いつもならば、来る日に備えてのジークフリードシステムのテスト。
まだまだ慣れていないせいか、苦痛でたまらないのに、今日はそんなものすら吹き飛んでしまう。
それくらい、嬉しかったのだ。
考えてもみれば、僕等が何かをする時、誘いかけるのは何時でも自分。
一騎から、など、滅多に無かった。
だからこそ喜んだ。
とても、とても嬉しかった。
のに。
それ、なのに。
「……何故剣司に衛に、甲洋までいるんだ……一騎…!」
“用事…?何か、あるのか…?”
“じゃぁ、夜。7時な。絶対だぞ!?ソレより前に来るなよ!?”
言葉どおり。
やることを全てハイスピードで片付けて。
注文どおりぴったり7時に来たと、言うのに。
それなのに。
「な、何でって…当たり前だろ!総士の誕生日祝も兼ねた、パーティーするんだから。」
「……は?」
「…一騎、多分総士、今日がクリスマスだってことすら気がついていないと思うよ。」
甲洋の一言で、目の前に居た一騎が硬直した。
「祝ってくれるのは、在り難いんだが…」
とりあえず始めようよ、と言った衛に習い。先程からぐつぐつと暖められていた物体を其処の深い容器に写す。
「お前たち……散々一緒に居て、人の好き嫌いも覚えていないのか……!!」
物体、イコール―――チョコレート。
「たまにはいいだろ!?」
「たまに、なら別に良いがな、剣司…なんだこの異様な量は!」
「板四枚分だよね、確か。…違ったっけ甲洋。」
「後から一騎が2枚足してたから、6枚。」
「あぁ!?言うなよ!甲洋!!」
「…お前か……一騎…!!!」
それでも彼等は、よく人の事を考慮してくれていた。
甘い物が苦手、ということを理解したうえで、使用したのは全てビターチョコレート。ホワイトやらミルクチョコは、一切無し。
如何やらチョコレートフォンデュをしたかったらしい彼等はちゃんと甘すぎないように考えて果物を買っていた。
「総士、楽しかった…?」
宴も終わり。
ガチャガチャと皿洗いを黙々と進めていると、隣で大鍋(焦げ付いたチョコレート付)をすすぎ終えた一騎が、ぼそりといった。
片付け作業は、自ら買って出た。
お前のお祝いなんだから、別に良いよ。と暫くごねていた一騎も押し切り、こうして2人もくもくと片づけをしていた。
他の3人は、結局のところ、食い散らかして帰ったというわけだ。
「何で?」
「や……甘いもの、食わせたし。嫌だった…かな、と。」
何を、今更。
そう言ってやろうとも思ったが、折角の日に皮肉を言うのもなんだと思いなおす。
「お前…本当に矛盾してるな…。」
「え?」
「…嫌なら、食ってない。それに一騎、コーヒーを用意していただろう?あれで十分だ。」
「そっか。…なら、良かった。」
皿が踊りだす音が再び聞こえ出す。
あとは小皿を濯いで、それを僕が拭いてしまえば、終わる。
「総士。」
「…今日はやけに饒舌だな。」
「べ…別に、そんな事無いだろ…。」
「……で?何だ。」
「パーティー…。皆が、心配したからなんだからな。」
水温が途切れる。
「………心配?」
「最近の総士、凄く疲れてるっていうか…辛そう、だったから。」
正直、ぎくりとした。
其処まで、態度に出ていたのか。ということよりも、そんな自分を、彼等が心配していたと言う事実の方に、とてもとても驚いた。
「そう、か?」
「そうだよ。……昔から、お前…俺達に何も、言わないから。」
全ての作業を終えて、此方を向かず、俯いたまま一騎が哀しそうにそういった言葉。
確かに、此処最近は蔵前のファフナーのシュミレーションと同時に、ジークフリードシステムのテストも同時進行で行っていた。
以前よりも疲労要素が増えたのは、事実だ。それも数倍。
でもそれは、まだ、隠すべき真実。
心の何処かで疼いている誰かに縋ってしまいたい気持ちを封じてでも、耐えなければいけないこと。
「……何時か、な。」
「お前今、誤魔化しただろ。」
今はまだ、知らないでいい。
こんな酷い世界など。
平和に身を浸してそして生きていてくれれば、それでいい。
僕はそれを望むのだから。
――まだ、平和だった。運命の夏の前。
最期のクリスマス。
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