やわらかくてやさしい毒が
ゆるやかに身体を
蝕む、音。
ぱちりと目を覚ますと寒さの応える場所にはありえないような暖かさが先ほどまでちくりと痛んでいた身体を包んでいた。
「むくろさま」
記憶がふわりと彷徨うものだから、少しずつ思い出すことにしてみる。
ゆらゆらと夢に手招きをされて尚且つその夢の出所がはっきりと理解できたので、そのまま身を任せたような気がする。
そしてその時、丁度体内がぐるぐると暴れていたことも。
強力すぎるあのひとの幻覚で作られた内臓。
しかしやはり幻覚にしか過ぎないそれが、時々揺らぐことがある。
けれど優しいあのひとはそれすらも緩和しようと、その力を更に私に与えようとして、それを緩やかに拒む。
そうすれば当然、痛みが襲うのだ。
のた打ち回りたくとも、それすらできなくなりそうな息苦しい痛み。
そんなときは決まって夢であのひとが手招きをするから、どぷりと、落ちていく。
そして目が覚めれば全てが正常に戻っている。
それが、この短い時間の中で覚えた日常。
なのにどうして、ふかふかした毛布なんてものがあるのだろう。
最近ようやく意志の疎通を許された千種や犬たちがくれたのだろうか、それともこれは優しい幻の一部?
そんなことを目覚めた脳が考え出したころに、聞きなれない足音が聞こえた。
「…あ、お邪魔して…ます」
「……ボス」
そろそろと、このヘルシーランドの最上部に位置する映画館に入ってきた人物。
ボスこと、沢田綱吉。その人だった。
「情けない話なんだけどね」
「ううん、ありがとう、ボス。」
彼の話を聞けば、家庭教師というあの小さなスーツを纏っていた子(名前はリボーン、と言うらしい。もっと詳しく知りたいなら骸に聞けばいいかも、俺よりそういうこと、知ってそうだから。と言っていた)に、蹴りだされてきたという。
「心配なら自分の目で確かめろ…ってね。あーほんとアイツめいっぱい蹴りやがって…!!」
忌々しげに語る姿をぼうと見ていたら、急に慌てた様な表情を目の前で作る。
百面相、というのはこういうものなのだろうか。
自分にはよくわからないものなので、首を傾げてみるぐらいしかできないけれど、多分そうなのだと思った。
「そう、だ!!違う違う、こんな話するんじゃないよ!大丈夫!?」
「…大丈夫?」
「あ、いや、さっき凄い、苦しそうだったから…。」
苦しそうだった、の指すところは恐らくあの夢を彷徨う直前のあたりだろう。
そんなところから見られていたなんて、なんだか情けなく思えて仕方が無くなってしまった。
「でも途中で…なんだろう、一瞬だけ違う気配がしたんだよね。そしたら呼吸落ち着いてて…。だから一応、毛布とか掛けといたんだけど。」
「うん、大丈夫。もう、平気」
返答に満足したかのように、柔らかく笑うその姿を見て、何故だかくすぐったいような感情を覚えた。
それからは、ボスの話を聞いて、たまに相槌を打つ、という時間が続いた。
たまに訪れる彼の質問に答えたり、そんな緩やかな時間。
そろそろ寒くなるだろうし、此処はとても寒いだろうから、と言って、持ってきてくれた毛布やファミリーパックのカイロ。
本当は他にも沢山渡したかったけれど、自分一人ではそんなに沢山運べないと、はにかむように笑っていた。
きっと、犬や千種は口先では反発しながらもきっとこれを使ってくれるだろうと思う。
確かにボスは、骸様を一度倒した。手を下した、ひと。
けれどそれにより、新しい道が開けたことは事実。
暗く寒いその世界から、ほんの少しだけ明るい世界に足を踏み入れた彼らは本当に少しずつだけれども、周囲に優しくなったと思う。
それは単に自分に接してくれる態度が和らいだからそう感じるだけなのかもしれないけれど。
「ボスは、やさしいね」
素直に思ったひとことをつぶやいてみれば、そうでもないよと。
あのやわらかくてあたたかな微笑みをまたこちらにむけて、そう言った。
「俺は優しいんじゃなくて…ただ、弱いだけだから」
「ボス、は。弱くない」
「最近…まあ、弱くないかもしれないけど。でも俺は。心が、弱いんだよ。」
ぽんと頭に乗せられた手は重みを感じるどころかふわふわと軽くて、心地がよかった。
初めての感覚はとてもとてもむず痒いような、くすぐったいような。
やさしい。
本当に、やさしい。
これまで、「凪」といういのちの中で、感じたことに無いあたたかさを、彼はわたしにくれるのだから。
やさしい以外にどう表現していいのかまったく解らないので、ただやさしいやさしいと思うしかない。
「ボス、すき」
やわらかい痛みを伴うけれど、私に世界をくれたあのひとがだいすきなひと。
だからわたしも、大切で大事でいとおしい。
あたたかな纏う空気も
どこまでも優しさの広がる微笑みも
「だいすき」
わたしという存在を、受け入れてくれた、大空に相応しいその心も。
みんなみんな大好き。
「…クローム、どうしたの?」
ぽろぽろと零れる雫は決して悲しさじゃないの
どう言っていいかわからない、くすぐったいような喜びがこうして零れてしまったの
そういいたかったのに、しゃくりあげる喉がそれを許さずに。
まるで子供をあやすように頭をなでるその掌に、少しぐらいあのひとの世界に依存してもいいだろうかと思いながら、身をゆだねた。
やわらかい毒
蝕む音
それすら全部、包み込む空
どうかどうか
見えない未来に、永遠に傍に在ることを願った。
痛みすら掻き消すのは世界の優しさですか? それとも貴方の優しさですか?
(あなたはとてもたいせつなひとのせかいのちゅうしんだから、わたしのせかいもきっとあなたのなかに。)
ちょっとだけ手直ししてみました。幸せにしてあげたくても、脳裏に未来編の序盤のあの棺がこびりついててハピエンにできません。ツナが射殺されたときに一番静かに悲しむのはクロームだろうなとか思って書いてたはずなのになんかよくわからない話になりました。とりあえずツナはクロームの中に眠る骸も全部ひっくるめて包み込んでほしい。願望です)(080103//Hisaki.S)
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