最近ふとした瞬間にする仕草がある。自分の掌を空に透かしたり、何かに触れて確かめたりするのだ。
「…、如何した?ルーク。」
「……いや、なんでもない。」
例えば人の服を摘むように、そっと引き留めるように掴む。
問えば決まって微笑むのだ、綺麗に、綺麗に。
いっそ儚いぐらいに。

 

 

空の色が本来あるべく青を取り戻した頃合いから、ルークが何故か霞んで見えるときがある。
それは決まって、俺の知らない何処か遠くを眺めながら掌を強くぎゅっと握り締めたりするときだ。
それぞれが休みをとるなかで、ルークの誘いにつられて昇降機の一番上まで昇って、あの家へと向かう。
「しかしまあ……バチカルは本当に空が近いな。」
「そりゃ、グランコクマよりは高さがあるからじゃないのか?俺はあっちのほうが涼しそうでいいけど…」
「そうでもないさ。何せ、あそこの人達は人使いが荒いからな。涼しく休まる暇もないんだよ」
「…ガイって、いい奴だな…。」
「はは、まあ、仕方ないさ。陛下にも世話になってるしな。」
その声に、笑う。直前までは、ぎゅっとその手を握り締めていた些か虚ろな表情もなく、愉快げに笑う。
何処を見ている。何を恐れている。
声には、ならない言葉。してはならないそんな思考。

 

玄関で目が合ったラムダスの計らいで、あの真っ白なルークの鳥籠のような部屋。その前にひっそりと置かれたテーブルへと向かうことになる。
向かう道のりは、このファブレ邸、当然使用人たちとすれ違うことになる。
遠からず日々、同僚だった人間とすれ違うのだ。
「ガイ!」
「やあ、久しぶり」
軽い挨拶と共に瞳をあわせることは当然だ。それなのに、俺の横の存在をそっと見ないようにした。
自分を再びこの屋敷に入れてくれたささやかな感謝と驚きは、見事なまでに煮くり返るような思いに掻き消される。
少数の人間たちの瞳は、そういえばすれ違った中でそうだった。
それならばルークは、あの一月の間、隠しきれない棘でじくじくと傷ついていたのだろうか。
嘲笑のような恐怖、憐憫のような笑み、安穏と暮らす人間がそう上手く隠せる訳は無い心の底の感情。
彼はまだ、実質的には7歳児なのだ。子供はそういう所に何故か敏い。きっと気付いていたのだろう。
気付いていながら、何も言わなかった。自分はレプリカなのだと、言える存在すら居ないからだんだんと閉じこもってゆく。
いっそこちらが悲しくなるほど、どうしてああなってしまったの断片が解ってしまうこの屋敷全てを、壊してしまいたい。
何度も何度も脳裏で殺した子供にもう殺意は沸かないのに、今度はその周囲に数倍の殺意が沸く。
「ほら、ガイ。お前が居なくなったあとも、ペールが此処を綺麗にしてくれてたんだぜ!!」
「…ああ、綺麗だな。とっても。」
ほら、自分はこんなにも普通に、笑えるのに。
どうして皆、笑えない。

 

綺麗に盛り付けられたスコーンと添えられたジャムに目をきらきらさせるルークに、昔のように紅茶を注いで渡せば、同じく昔のように軽い感謝を告げられる。
「久しぶりだな、ルークとこうしてるのも。」
「そうだよなー…最後の時も、俺スコーン食ってたかも。」
「はは、食い物に関しては記憶がいいんだな。ほら、砂糖入れすぎだ。」
「う…うるせえなー!もうお前、俺の使用人じゃねえじゃん!いいだろー。」
「そんなに砂糖入れるから、スコーンのジャムも山盛りなんて使うんだろ、お前。アニスが居たら怒られるぞ。」
咎める人間が居ないからこそ、本来の奔放っぷりを発揮するように砂糖をさばさばとカップに注ぐ。
これでも、昔よりはましかもしれないなんて思うのは、親ばかみたいなものなのだろう。
ふと、一口のみ終えたカップを置いてスコーンに手を伸ばす腕が、透けて見える。
「…が、ガイ…?」
逃がすものか。居なくなるなんて、許すものか。消えるなんて、今度こそそんな、こと。止めてやると。
「…ごめんな、ルーク。ごめん…お前も、ちゃんと…なあ、ちゃんと言ってみろよ。」
「ガイ?…どした?俺、なんかしたか?」

ティアの、時折隠し切れない物憂げで悲しげな瞳だとか。
ジェイドの、ちらりと見せる人間らしい罪悪感に駆られるような顔だとか。
それが誰に向かうもので、結局どうなってしまうのかなどの予想はつかないわけがないのだ。
けれど問う訳にはいかない。してはいけない。
「…いや、なんでもない。そら、今日ぐらいはジャム山盛りのせても許してやるから。喰え!」
「え、マジで!?やった!ガイ最高!じゃあガイの分も使ってやるな!」
「いやいや、少しは残しておいてくれ。」
「じゃあ、ちょっと。」

 

たったひとり、諦めた復讐者に言葉が許されるほどの、価値など無い。
だからたった一人待つしかないのだ。
ガイ、と、その声で。
その暗闇から、助けてくれないかと、ルークから切り出すその日まで。

 

 

たとえその日が終焉なのだとしても。




愛憎陶酔ロマネスク
(その夜見た、黎明の湖に透けた君と、沈む夢。)








(人の服を掴む癖がまだ全面に出ていた頃、ふたりがいなくなった直後でところかまわずそうしていたら「大丈夫だよ。生きてるよ。」と言って頭を撫でてもらった時に、教室移動時間にも関わらずマジ泣きしましたね。先日「もう直った?」って聞かれたのでちょっとルークにやらせてみた。自分も含め、周りとか友人も、何に触れられて何が見えるだけのものなのかわからなくて怖くて掴んでやっと安心する。もしかすると俺の直らないほうの抱きつき癖もまだどっかで怖がってるからなのかね。つかよくよく考えるとこれ迷惑以外の何物でもないっていう…。)(ところでレムの塔2回目以降のルークが怖いくらいふわふわしてて消えてしまいそうだと思ったのはガイと俺だけですか。なんかもうルークしか見えてないから、ほんとそうとしか思えなくてハラハラしているのは一人じゃないと思うのですが。ていうかこのガイ軽く変質者だ。本当にルークしか見えていない!(笑))(060828)