それは堕ちる雫のように









「雲雀さん、は。あったかい…ですね」
「ねえそれ何度目?」

 

 

 

 

 





気配がした。
それは単に鼻を霞める特有の臭いを敏感に感じ取ったに過ぎないのだけれども、兎に角鉄を十分に含んだ、血の臭いがした。
弱い者が群れて、強い者に勝てると過信している姿はとても滑稽だ。
蓋を開いてみれば驚くほど弱くて脆くてどうしようもない。強いものはたったひとりの自分に負けることなどないだろう。
それから、醜く命乞いなどもしないはずだ。
ともかく沢山の気配と、微量の血の気配。
眠れずに深夜の散歩に来てとてもよかった、今から群れを蹴散らせば、すっきりと眠れるのかも、しれない。
だから、確信をもって足を進める。
このまま血の気配を辿ってゆきつくのは公園だろう。
深夜の公園とはまた定番なものだと、仕込まれた武器を確認しながら、ゆっくりと歩いた。



散乱する菓子類と、恐らくそれを入れてあったであろうコンビニのビニール袋。
体格だけ見れば屈強な、と形容できるであろう数人の姿。
その足元で小さくなった、ふわふわした茶色い頭。
見覚えがあった一方的な被害者の名前は知っている。あのおもしろい赤ん坊を連れた、沢田綱吉。
声を掛けると小さく震えて、偶然出くわすとやっぱり小さく震えて。
けれどそのくせ、妙な強さを発揮する子。
そのギャップが何故か面白くて、見かけるとつい虐めるように姿を現してしまう。
そんな彼が勝手に被害を蒙っている姿は何故だか非常に苛々とした。訳の解らない感情と共にふと浮ぶ。
「……、ねえ。なにやってるの。」
ソレは、僕のものなのに。


 

 

容易い、容易い容易い。とても容易い。
ごろごろと転がる血塗れの肉。生きている息はしている、けれどどうにも上手く加減ができなかった気がする。
心の底ではまだ足りないと叫んでいる。けれどそんな叫びをどうにか抑え込む。
「ねえ、何時まで倒れてるの。」
やっぱりふわふわしたその髪をぐいと掴み上げてみれば、思ったよりも血塗れだった子が、う、ともらす。
「ひ……ばり、…さ…?」
かろうじて聞こえるその声も、何時もの怯えようが見ないことも、何もかもが可笑しい。
僕は何もしていないのにどうしてこの子はこんなにもぼろぼろの雑巾みたいになっているのだろう、可笑しい、可笑しい。
「…ちょっと、勝手に寝ないでくれない。さっさとおきなよ。」
「無理…言わないで下さい、結構俺今ピンチだと、思うんですが…」
「知らないよ。」
「…あれ、なん、で……雲雀さん…?」
「解らないの?成り行き上君を助けたみたいになったんだけど。」
「……え……えええええ!?…痛、いたたた…」
「馬鹿じゃないの…?まあいいや、お礼は倍返し以上ね。」
「お礼とか、あるんだ…」
「何、文句でもあるの」
「いいえ、ないです。」
珍しいこともしてみるものかもしれない。
掴み上げた頭を、壊れ物でも扱うように持ち替えて、上半身だけ起こした体制にしてみたら、何時もの怯えた表情以外のものが見えた。
「……雲雀さんは、あったかいですね。」
「何言ってるの、沢田綱吉。」
何処か優しすぎるような表情。
はじめてみた、自分に対して向ける笑み。それは学校で見る媚びるような鬱陶しいものではない、心地よい、笑み。
それが何故だかとても嬉しいと感じたから。
暫くはそのまま温もりを分けるかのように、じっとしていようなんて、思った。




「雲雀さんはあったかい、です…ね。」
ぼんやりと、繰り返す。
出血と痛みで、きっと今自分が何を言っているかはわかっていないのだろう。
ただ、僅かな温もりと、此処で唯一見える僕自身の姿以外、ぼんやりと霞掛かったように、解らない。
それが少し悔しくて、悔しくて。
だから。
「……わかったから、少し、黙って。」
けれど、きっと。彼は忘れてしまうのだろう。
少ししたら、僅かに苦しげな息で、そっと眠りだした姿をもう一度暖めるように抱いた。
やはり心が躍るように動揺していたけれど、それすら無視して、強く強く。
タイムアウトはすぐ来るのだと解っていたから。
何もしていなくても、神出鬼没の妙な赤ん坊はきっともうすぐやってくる。確信めいたものがあったから。
躍る心に隷属するように地面に横たわらせて、僅かに迷った末に肩に掛けられていた象徴とも言えるソレを掛けてやった。
後日見れるであろう表情にささやかな期待をして。

 

 



今度こそ夜の公園を後にする。

 

 

今日はもうすっきりと眠れそうだと、そんな気がした。











 

 



違和感も何も無く浸透した感情。












(此処から始まる恋のストーリー、無意識すぎる雲雀さんと起きたらド吃驚のツナ。ツンツンツンデレぐらいの雲雀さんを目指したのにそうでもないな…。雲雀さんの初恋はツナだと信じています。ええ、盲信的にね!(笑)そうかあの夜の妙な感情は恋というものか!と自覚した雲雀さんはきっと次の日の朝ですが。早いというか遅いというか。個人的に恋のハジマリは応接室だと思っているので…遅いですね、気付くの。(笑)ちょっと楽しくなってきたので下に後日談でも書いてみます。後日談は行き当たりばったりなのでグダグダでもよろしければ。↓にスクロールどうぞ……)














コンコン。
「……どうぞ、開いてるよ。」
「………す、すみません失礼します…!!」
「あぁ、君。どうしたの?」
「いや、あの…これを返しに…。」
「そう。まぁ座りなよ。紅茶ぐらいならだしてあげてもいいよ。」
「(紅茶!?俺、出してもらわれる!?)え、あ…はい、貰います…」
「ねえ君、随分とぼろぼろだけど、何かあったの?」
「え!?あ、これはそのー…昨夜ちょっとコワモテな方々に絡まれちゃって…でも気付いたらその、………。」
「気付いたら、何?」
「………ひ、雲雀さん!!」
「……(思った以上の勢いで驚いた)…、何。」
「あのっ、昨日、雲雀さんが助けてくれたんですよ、ね!?」
「何、突然。なんなの。」
「いやその、リボーンがそれっぽいこと言ってたし…あと…えーっと…」
「……………あと、何?」
「なんとなくなんですけど、その、これもあったし…何より、雲雀さん、が。」
「僕が、だから、なんなの。そろそろ咬み殺していい?」
「ちょ、ちょっと待ってください!だからその、雲雀さんが……あったかかったような気が、して。」
「……………、………紅茶、入れてくる。」
「へ!?(怒られなかった!?)」
「(…何これ。何で僕、こんなに動揺してるの。それに、)」
「(あれ!?結構不安だったんだけどもしかしてあってた!?うわ、どうしよう、わかったらますます、)」

「「(しんぞうが、うるさい…?)」」




(自覚したふたり。お粗末様でした。)(070120//Hisaki)