何も考えなど無かった。ただ引き寄せられるようにしてそこに、立っていた。

 

 

 

まだ満開に近い巨大な桜の木下でぼんやりと佇む。
夕暮れに同化できない桜の妖艶な空気に呑まれたかのように身体をイチミリも動かさずに、ただ、じっとそこに、立つ。
けれど途中でくらりと体が傾いて、よすぎるタイミング、途端に、伸びてきた腕にもたれこむ。
「何してるの、」
「……、え!?あれ、雲雀さん!?どうして此処に、」
「群れている馬鹿なやつらを咬み殺して来た帰りだけど、何。僕がここに居ちゃいけないの?」
「いえ、そんな、ことは」
なんて理不尽な秩序だろうか、この雲雀恭弥という、ひとは。
けれど、以前と違ってこうして出くわした時に感じる恐怖が薄れたのは、この人の自分に対する壁が少しだけ薄くなったからかもしれない。
どこかの不思議な髪型をした電波な上にやたらめったら強くてわけの解らなくてけれども寂しい目をしたひととの一件以来、少しばかりは自分という存在を認識してくれたのだろうか、以前ほど凶悪な空気が、なくなった。
だからといって、彼に対する恐怖が全て消えたというわけではないので、自分はどうしても少しだけ戸惑ってしまうのだが。
「で、何してるの。こんな所で。」
「あ、えーっと…桜を、見ていて。」
「ふうん。桜、好きなの?」
「まあ人並みには好きです。でもこんな並木道にいると、なんだか可笑しな気分になりますよね。」
「そう」
「それにさっきからなんか、ぐらぐらするんですよ。前、雲雀さんがかかってた桜クラ病ってこんな感じですかねー」
そういったら雲雀さんの目線が更に冷ややかに此方を突き刺す。
「え…あれ?おかしい、です、か?」
「馬鹿じゃないの。ねえ君、ほんと、馬鹿じゃないの」
「(二回言われた!)」
「それはただの立ちくらみだよ。馬鹿みたいな錯角している暇があるなら、さっさと帰ったら。」


そう言いながら、滅多に変化しない顔色が少し変わっていることに気が付く。
桜の花びらがひらひらと舞い落ちる背景をしょって、それでも、何の違和感すら持たず。


馬鹿にしたような、けれどとても珍しく。

 



雲雀さんが、笑っていた。

 

 

 

 

 





世界が眩んで
桜色に染まる頃の話。






黒い頭がひょこひょことすぐ目の前で動いて止まらない。上と下を絶え間なく往復し続けて、けれどじっと見ていたらぴたりと止まる。
「な、んですか…?」
「来るよ」
何故だかあの後強制で雲雀さんの背におんぶされた状態のまま、放たれた言葉に対する理解能力が回らずに首を傾げてしまう。
ざわざわと夜に食われ始めた夕陽とざわめく桜。身震いでもしそうな美しさの中、ひらひらと舞う薄紅色の合間を縫うようにしてぱたぱたと羽音がし、そして。


「…あれ?」
「ほら、来ただろう」
ふわふわとあまり重みを感じない、何故だか自分の頭部に腰を落ち着かせた鳥を連れた姿はちらほらと見掛けるが、
「雲雀さん…いつもこの子頭に乗るんですか…」
「邪魔だけど、寄ってくるんだ。まあ目の届かないところにいるよりは捕まえるのは楽だね。」
再び歩き出したために目の前で丸っこい黒色がふわふわと揺れ始める。
「ふわふわして、居心地いいんですよ。きっと。」


「………君やっぱり馬鹿だろう。」

 


オレンジ色の夕闇が消える頃、細く長くできたふたりと一匹の影はまだまだひらひらと桜並木を歩いていた。

 

 



(短い上にオチが甘いですがまあ…とりあえずバリたまは馬鹿で可愛いツナに気付かぬうちに惚れ惚れしていればいい。馬鹿な子万歳!(あれ?))(あと自分はヒバード出しすぎだと思う…が、しかしあんなにおいしい小道具はないのでやっぱりまた出すと思う(笑))(040721//Hisaki.S)