「お前は生まれたことを後悔しているだろうな」
「今更解りきったことをさらっと言いますね、なんですが唐突に。」
「見て見ぬふりをし続けてそれでなんになる、ジェイド。ガイラルディアでさえ、一度はルークの墓へと訪れた。」
「溺愛、でしたからね。」
「臆病なジェイド・カーティスなんぞ、気色悪い以外の何者でもないな。なあジェイド。この臆病者。言い返したいならば文句を俺に向かって千文字以上で言ってみろ。」
視線は決して交わされることもなく。
グランコクマの酒場、夜更けに氷が軽やかに音を立てる。
いい年をした大人がふたり、カウンターに鎮座して、戯言ばかりを吐き続けていた。

 



何時もどおりと言って何処か呆ればかりが前面に押し出てしまう思考を仕舞いこんで、今日は何かと問い掛けてみれば、お前の誕生日だ喜べお忍びで飲みに行ってやろうなどと実にふざけたことを言い出した皇帝陛下と、うっかりと酒を飲み交わしていた。
「陛下、貴方明日山のように積まれた仕事をやってやろうとか何とか抜かしたそうじゃないですか。平気なんですかこんなに飲んで。」
「うるせえなあまったく、ジェイド、お前は地獄耳か。」
「違いますよ、兵士が嘆いていまして。皇帝陛下の仕事が毎日毎日着実に山になって積まれていくんだとね。優しい軍人である私としてはこれは見逃せないと思いまして。仮にも友人である貴方の、愚行が。」
「愚行って言ってる時点で友人としては見なされていないだろう。」
実におかしな話でも聞いたかのようにくつくつと笑う姿は珍しいうちに分類されるのであるから、恐らく浴びる様に酒を飲み続けて、いくらザルとは言えども酔った状態になったのだろうか。
何時もは幾ら飲ませてもケロリとしているくせに。
「…陛下。酔いましたか?」
「違う違う。回答とは程遠いな。単に腹を立てているだけだ。それだけ。」
「…すみません陛下。行き成り自分は腹を立てているのだとかなんとか宣言されてしまった側にとってみれば何を言い出したんだと訝しげに思うしかできませんよ。」
「腹立たしさを煽り立てるほどの見解だなジェイド。まったくもってその通りってところが余計に嫌だ。」
「貴方が何に憤りを感じているのかは理解不能ですが、そろそろ私にあたるのをやめてもらいたいところですねえ…陛下が言い出したんですよ、誕生日がどうのこうの、とかなんとか。」
わざとらしく溜め息を吐いてグラスに残る、何杯目かはもう忘れてしまったアルコールを喉に流す。
昔から本気で怒ることの少なかった友人を怒らしてはいけないということは解っていた。対処が厄介すぎるから、面倒には巻き込まれたくないと思ってそれを回避しなければならないのだとも思っていた。
けれど今回は理不尽すぎる。どうしようもない。
そうと決まればあとはこの煮えたぎった皇帝陛下の怒りをどうやっておさめるかを考えるだけだろう。
今できる最善へのルート思考していた脳に、タイミングよく声はかかる。
「それで。…それで、お前が如何して墓へ赴かない答えはまだ聞いてないぞ。」
そこで繋がる。
あぁそうか、このお人よしの、頂に立つ人間はそんなことを気にしていたのか。
「解りませんか?行く必要性すら皆無ですし、何より行ったら何を仕出かすか解りませんよ?」
「それだけかよ、本当に。」
「ええそれだけです。」
「嘘はつくなよジェイド。お前がそんな手の施しようの無い馬鹿だったら今すぐ絞め殺すぞ。」
「おやおや怖いですねえ勘弁してくださいよ、人殺しの皇帝陛下なんて真っ平御免です。それにしても最近バイオレンスですね陛下。」
「話を逸らそうたって無駄だからな、ジェイド。今日こそ許さん。」

そうして、民へ世界へと向けられる瞳が。数刻の間決して交わることの無かった視線がカチリと向けられる。
「さあ声にしてみろ、お前は単に恐れているんだろう。ジェイド・カーティス。自分が生み出した技術で生まれた忌み子に情が沸いたこと。死刑宣告を自らがしたこを。アイツの墓に、何もない墓にたって改めてそれを自覚するのを、恐れているんだろう。」
軍服ごと力いっぱい引かれて、衿をがしりと掴むものだからこのまま自分は皇帝に絞め殺されてしまうのかなどと場違いな逃避をして。
「…その、通りですね。」
ぱっと離された腕と、少しだけ痛む首元。
諦めを溜め息と同時に、言葉を、思考を、吐いた。




どんな顔をしてそこに立てばいいのか解らなかった。
そもそもそこに赴くためには仕事をどうしたらいいのだろう、有給はあったとしても然るべき措置を、詳しい理由を述べなければ立場上面倒なことになるのだ、あぁそれならば、それならば。
普段ならばきっと即座に回答はでるであろう、そんな簡単な事柄さえも、彼の存在が脳裏を掠めるたびに全てを燻ぶらせてわけも解らなくなってしまう。どうしたことだろう、本当に。
自分は、どうしたのだろう。
自分という存在はあの日あの光の中、消えてしまったのではないのだろうか。
けれどそれも、無限に広がる馬鹿げた夢と願望だと、切り捨てる。
切り捨てた刹那にはもう、またありえないぐらいに頭は真っ白になって、再びわけが解らなくなる。
「…墓を、荒らしてしまいそうなんですよ。情けないことに私はルークの存在を思考するだけで頭の中をぐちゃぐちゃと掻き乱される。困ったものです、こんな、腐りきった脳味噌になってしまった。どうしてくれるんですかと、そんな事を考えながら、それと同時にきっと、そこに当たり前のように立つ墓標をきっと蹴り倒して打ち砕いてそのまま土を抉って。…中には何も無いのでしょう、ならばどうしてソレを立てる意味があるんですか?彼は入っていないし、それに帰るのだと、そう、確かに。」
「ああ、確かに言った。お前が帰ってきたらお前を妃として迎えてやろうかといったら、いつものように陛下何言ってるんですかと言って、笑っていた。…俺が帰ったらまた俺をお茶に招待してくれと、な。」
「それ、私もちゃんと混ぜてくださいよ。」
「嫌だな。お前邪魔者だし、いらん。俺とルーク、ふたりっきりで可愛い可愛いブウサギたちとじゃれあうんだ。」
「ブウサギは邪魔者じゃないんですか、ブウサギ」
「何を言う!あいつ等は愛のキューピットだぞ!馬鹿を言うなジェイド!」
声を荒げる、やはり確実に久方ぶりの酔いを喰らっているその人間に、ふと自然に笑みというものが零れてしまう。

 

「陛下は、何処かしらルークと似ていますね。」
「そうかそうか、愛で繋がっているからな、俺とルークは。」
「馬鹿言わないで下さい。…そうですね、馬鹿正直なところとか、反面、素直にいえない所だとか。猪みたいな直進型ですね。」
「なんだとこのツンデレ眼鏡。」
「五月蝿いですよ陛下ー?」








本当を、言った。けれども嘘をついた。

きっと私は、彼の墓前に立つこと事態を恐れている。
情けないほどレプリカという存在に堕落しきった自分が、彼の"消失"をそこで認めることになるのだ。
消えてしまう、レプリカの、何も残らない墓。
ただ記憶と存在と思い出だけを焼き付けて粒子になった、ルークレプリカ。

認めてしまえば、自分はどうなってしまうのか。
解らないから、また今日も嘘をつく。


貴方が隣にいてくれるならば、罪状だらけの己が生れ堕ちた日も少しはマシになるのだろうか。
くつりと笑みを零して、横で未だ喚く姿を眼中から外し、酒を煽って彼を想った。


 

 





    
見 え な い 君 に を 吐 く 。
(何も言えないのではない何も出来ないのではない何もしないわけではない。強がることばかり長けて偽ることばかり長けて、そして結局、私は。)

 




(ジェイルクと思いきやピオルクが存在感を…!(笑)というわけでジェイド祝のはずなのに遅いし全然祝ってないブツでした。ネタ被りしていそうで怖いんですが、こういうぼろぼろで脆くてルークの墓前に立てないジェイドがいいという緋咲の願望を表してみた。コレでジェイド誕生日祝にしようとしていた少し前の自分に色々と問い詰めたい…)(061216)