「さって…さてさてさて。」

ごきごきと少し嫌な音を立てて戮が首を回す。
その直ぐ隣、未だ完治はしないものの、数日間の間で大分回復してきた江夜がすたすたと歩く。
「嫌に張り切ってるのもやる気が十分なのもいいんだけどさ、ねぇ戮。」
「んあ?」
「勝手に依頼受けてどうしてくれるのさ。」
「………頼むからその…明らかに新良さんに似た笑みでこっちを見るな…怖いんだよ!」


世界が進化を止めることは無く、彼等にとっての憎悪と殺意を向けるべき人間が経ることも無く。

たったふたり、血を分かち合った双子が選んだ生きる術は養父であり師匠でありそして愛すべき同業者の薦めに従った殺人事業。
顔も声も誰にも知られることは無い。
知るのは死に逝くターゲットであり、依頼を願う者でさえもそれはしらない。
うそ臭い、メールでその依頼を受け取りそして遂行し、返信して終り。
効率のよい作業はこの時勢だからこそ出来ることなんだろうと新良が言った言葉に力いっぱい肯定の返事をした2人がこの仕事を始めてからもう、2年経つ。
「いや…うん、悪かった江夜。ただな。」
「ただ……腸見るのが、楽しみ…?」
「阿保か!俺はどんな極悪非道キャラだよ、江夜め!」
「あぁ解ったから…ごめんごめん。早く依頼メール見せてよ。」
「こっ……のやろ…!受け取りやがれ!」
ぶん、と振りかぶって、すぐ隣を歩く江夜に戮が携帯を投げつける。
「わ、危ない…なぁ。ちょっと戮、これ壊したら新良さん怖いから止めて。本当止めて。流石に俺もあの人には勝てないから…」
携帯片手にぼそりと、江夜がそうやって零した其の瞬間。

ぎくん、と。
ふたりが揃って全く同じ動作をして揃って硬直する。


「………今、何か嫌な予感したんだけど…」
「俺もだな…おぉ、帰ってきてたらやべぇ…!」
「戮が馬鹿みたいに名前言っちゃうからでしょ。」
「俺のせいかよ!江夜だってなぁ!」
仔犬、のように。
ぎゃうぎゃうと騒ぎ立てながら、その脳内では一瞬前と同じようにふたりが揃って以前の記憶を蘇らせる。

にっこりと、
悪魔レベルを逸したあえて例えるならばそれは魔王レベルの極上の笑みを浮かべた、養父の姿。


『さしずめ地獄の門番、ケルベロス。僕と江夜君と戮君。ぴったりだろう?』

その笑みを終始崩さず携えたままで、双子の養父であり師匠でありそして愛すべき同業者でもありそして恐怖の大魔王、紅泉新良。



「……今なんか、また変なの、過ぎった。」
「…俺も、だな…怖いね戮。帰って新良さんいたら、どうする?泣いちゃう?」
「泣かねぇよ!俺は餓鬼か!」
「はいはい、そろそろ黙ってね戮。メール見るから、さ……。」


 件名は、依頼状。―――内容、は。

「………詳細はまた後日、ってこれ…何。」
「あぁそれ。俺問い質してみたらよ、なーんか妙なんだよな。そいつなんて送ってきたと思う?」
「わかんないよ」
「《自分を殺して欲しい》、だと。」
「………はぁ?」
「謎だよなぁ…。っつーか、馬鹿なんじゃねぇのとか、思ったけどな。」
訳の解らないと言った表情をありありと表に出して、依頼主の詳細を聞き出した戮の言う住所を辿って着いたその廃墟の前で、ふたり、ごろりと首を傾げた。

「…わかんないなぁ。」

「まぁ、アレだろ。自分を殺してほしいってことは俺達に危害も加えない。イコール、腹は裂けねぇって事じゃんか!」
「……そりゃ、多少は痛いけどさ。なにもそう遠まわししてまで怒る必要はないでしょ戮。」
「あるに決まってんだよ。大体なんで怪我なんかしてんだよお前は。駄目だろ。そんなじゃ駄目だって、何度も何度も…忘れないように、刻み込んだ筈だろ…?」

 ――そうだ、赤い闇。夕暮れが呑み込むのは光だけじゃない。飲み込んだのは何だったのか。
如何してそんなに赫かったのか何もかも忘れてしまいたいと思いながら忘れてはならないとこみ上げる涙と吐き気と戦いながらそうやってふたりで言い聞かせあってきた。
忘れない。消して忘れない。そうやって誓って、だから双子は双子のままでいられた。

「……解ってる。覚えてるよ。ごめんね、これでも注意してたんだ。まぁ、今更言い訳だけど。それでも、覚えておいて、戮。」
「これは、君の痛みじゃない。」
「これは僕の痛み。だから君がそれを錯覚してはいけないんだよ、幾ら心が痛いからって。」


「ねぇ戮、思い出して、俺が言った言葉。ねぇ、戮?」






「痛み分けなんて、俺にとっては最低最悪なんだから。」