瞬間的に俺を支配していたのは悪感だけだった。
「おや、おやおや?綱吉君!ボンナセーラ!」
逃げたい、帰りたい。
正直、いっそこの場から沢田綱吉という存在を消したい、忘れたい。
それが彼の表情にありありと表れた感情であった。
限りなく間違いはないだろう、何故ならそれはもういっそ清清しいほどの表情で、此方を見ていたからだ。
心底、うんざりしたような顔色で。
「そうですか。無意識下で此方に惹かれたとなると、恐らくクロームが電波搭のような役割を果たしたのでしょうねクフフまあなんと粋な計らいなんでしょうかね、誰かとは存じませんがとにかく可愛いクロームもよくやってくれたということですかクハハ!」
「ぶつぶつ言ってる最中本当にすいません非常にどうでもいいんですがどうしてそんな顔が緩んでいるんですか骸さん。」
「君がとてつもなく嫌そうな顔をしているからですよ!」
「あんたとことん性格悪いですね、とりあえず離れてください。心なしか近いです。」
「いやですね、照れてるんですか?」
忍び笑いを漏らせば、大分慣れてきたというよりも、開き直ったり諦めたという方が近いのかもしれない。
あーあ、と大きく溜め息交じりの声をあげてから、本当に近く、ギリギリにくっついていた自分を引き離すように立ち上がって、あたり一面を埋め尽くす蓮の花を眺めて回る。
順応能力は、高すぎるといっていいのか。
それとも単に人として諦めがよすぎる部類に入るのか。
どちらにせよ、僕のような極悪人にとってみれば、たいそう付け入りやすいような存在だなどと、ぼんやり考えた。
それからは、はじめは不服ながら、といったような流れの会話に、ゆっくりと応対する姿が見られる。
彼と言葉を交わすのはそうか、初めてだったのかもしれないなどと、思う。
名前も知らぬままに別れ、結局その名はリングを渡しに来た沢田家光から聞いたものだった。
けれどしかと理解した名を噛み締めるように、彼の甘さとボンゴレのボスたる器量が日々備わっていく両面を観察して、それから実際に彼の"守護者"として戦って。
自分は何かを許容した気がする。
それは、許せなかった許しがたかった、憎くて仕方の無いマフィアらしからぬ甘さと優しさを持つ沢田綱吉という存在なのかもしれない。
不服ながらもそんな沢田綱吉という存在と、何のとりとめの無い会話をするという好意は負の感情を一つも拾わないものだった。
おかしい、おかしい。けれど如何してだろう。
このなんでもない時間が続けばいいと、思ってしまう。
思わせてしまうのが、直傍に居る、彼の力か。はたまた眠っていた僕の、弱さか。
「……っ、な…何だこれ…骸、なあ、これもお前の力なわけ?」
「はい?……あぁ、違いますよ綱吉君。それはきっとタイムリミットです。君の現実で、恐らくアルコバレーノが呼んでいるんでしょうね。」
思考反面、会話半分。
予想よりも少しの時間しか与えてくれなかったアルコバレーノを少しだけ憎らしく思ってから、そこでふと理解する。
あぁそうだ、結局この弱く強い沢田綱吉という人間と六道骸というモノでは、道は違うのだと。
「さぁさほらほら、君を揺り起こす声ですよきっとね綱吉君。お行きなさい。」
何かを振り切るかのように、言葉を、続ける。延々諾々と。
「今日で会えたのはきっと君の夢でしょう。だって僕たちは決して交わえぬ違えた道筋を辿るひとでしかありえないのだから。ねえ、さあ」
「………大丈夫!!!絶対、大丈夫!!」
唐突に、彼はまるで絶叫するかのように遮る。
「…は、何を。根拠に…君は。」
「あ!……い、いやその多分…だ、大丈夫…かもー?」
「随分とまた弱気になりましたねえ?」
「うん、その…だから、俺。俺な!!」
力強く、先ほどまでの怯えや怯みやら、そんな負けたような一線おいたところにあった感情をすべて取っ払って、自らしがらみに飛び込むようなそんな気合をまるで入れたように、そう見えた。
「運動とか、全然っ…からっきしてんで駄目なんだけど!!」
段々、だんだんと、ヴィジョンがぶれていく。
彼の目覚めと、電波塔となったクロームの体を使うことの限界地に達したのはほぼ同じタイミングらしい。
コントロールしていたはずの景色がだんだんと水没していく。
こぽりこぽりと、水泡が口から。それでも口を開く彼の言葉の合い間から。
「大丈夫だから、俺、脚力はちょっとあるんだよ!」
彼はこのまとわり付くような水の気配にすら囚われたりしないのだろう。
なんと羨ましい、そして同時に憎らしく愛おしい。愛憎は正しく表裏一体なのだと、改めて思い知る。
「俺と骸の道が遠くにあるのなら、離れてるのなら!俺が!!ジャンプするから!!」
「あいにいく から」
ふつりと、幻と共に彼が泡になる。
残されたのは水牢の中、浮ぶ自分。
蓮の花も彼の姿も幻想とそれから特殊な血で共鳴した一夜限りの、まやかし。
「……っク、フハハハ!!」
明瞭な声色は決して響かないだろう。けれど体内は軋み歪み、細胞が血液が肉体を構成するひとつひとつが高らかに笑っているような気さえもした。
彼のあいにいくという言葉がさすのは、単に邂逅を示す物ではない。
希望でも切望でもなくただすっと、下された宣告のように理解できたのだ。
彼は此処に来るのだと、いった。
僕の元にきて、僕のこのじゃらじゃらと喧しくごぽごぽと水泡ばかりしか立てられない木偶にあいに来るといったのだ。
ああ弱き君は何と愛おしい。
(希望という二文字はとても脆弱でくだらないものだけど、君の為なら願ってもいいかもしれない)
(骸ツナ第二弾。勢いと降ってきた一節だけをむくむくと広げたら割りと一本できたのかもしれない、な文章。後半のツナの台詞(「大丈夫!!!絶対、大丈夫!!〜ジャンプするから!!」)が、被服の卒製課題の裾上げやってる最中に降って来たので慌ててメモしたとかそんな実話。ハタから見ると相当妙な人だったらしいです。そんな骸ツナ。どうしようもなく電波なんだけどツナの前だと抑えようとしてもやっぱ抑えれなかったやっちゃいましたねクハハハハ、な骸がすきです。(言った!))(070122//Hisaki)
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