過ぎ去った日々に文句をつけたところで、何かが変わるわけではないのだと。
自分は一番知って理解していたはずだった。ソレなのにどうして、だろうか。
足が自然とそこへ向かう、佇んでいた視界の先に広がるのは、ごくごく普通の一般家庭。
ガラガラと、開いた2階の窓にひょっこりとのぞいた人影でばちんと目が合い、そして数秒の硬直。
「…………、っ……!!!!?」
「おや、こんにちはですねボンゴレ」
「!!!!」
とりあえず、口元を自分で覆って叫び声を消そうとした彼の努力ぐらいは一言褒めてやってもいいかもしれない。
笑い出しそうになりつつある自分を制しつつ笑みを浮かべたまま、彼を見ていた。

 

 


外にまで音が響くような勢いでカーテンは引かれシャットアウトされる。
ついで、走るような足音が上から下へと移動し、そして、
「な、なななななな、な、む、むく!な、なん!?」
「どうかしましたか?なにやら呂律が回っていないようですが。はい、べー。」
「べー。……って違う!違うよ何でお前、べーとか!関係ないだろ!」
「クフフ、素敵な突っ込みの才能をお持ちですねえ。」
「そりゃどうも…じゃなくて!あーもうコイツやだなにこのマイペース!っていうか…え!?あれ、な!?」
「如何して、僕が、ココにいるのか?」
「そうだよ!それ!ひぃ!何で!?」
「怯えるのか驚くのかどちらかにしてくださいよもう、せわしないですねボンゴレは!」
此方としては愉快としか言いようのない反応を返してくれる、あからさまな表情ばかりを彩る、天下のボンゴレファミリー10代目候補。
つい先日まで、血を流し戦っていた相手。
あの時、最後にちらりと見えた彼の痛ましい表情は同情を匂わせる訳でもなく憐れむ訳でもなく、自分にはよく理解の出来ないようなものを含んだ色をしていた。
此処に来たのは自分でも解らない、ただ本当に、足が向かったのだ。それはもしかすると、先日の表情の真意を問い質すためだったのかもしれない。自分自身が計り知れないなどという事態は経験が無い故によくは解らないが。
けれど心なしか気分が高揚している、目の前に彼がいるという、それだけで。
「っていうか骸、お前ここにいると危ないよ!リボーンが何時ひょっこり出てくるかわかんないんだって!」
「クフフフ、そうですか」
「そうですかじゃなくて…あぁもう!面倒くさいなぁ!」
油断していた右腕を、彼なりの力いっぱい(なのだろう、随分と弱弱しいがきっとこれが精一杯)で掴んで、そして引く。
足を走らせる彼を愉快に思いながら、引かれるままに自分も走り出す。
予想外なことばかりを繰り出してくれる彼に、何処かでささやかな期待を馳せながら。

 

 

 

 

 

「で、そんなに慌てたわりに貴方が先にダウンですか。しかもすぐ近くの公園ですか?これって結構見つかりやすいんじゃないですか?馬鹿ですか、馬鹿なんですか?ねえボンゴレちょっとさくさく答えてくださいよ。」
「っていうかその前に人がへばってんのに一気に捲し立てられてもどうしようもないこと解れよ!」
「おやおやそれは失礼しました。…………で、どうなんですか?」
「待ってないから!たった数秒じゃんそれ!ちょっとは休ませろー!!」
一言で言えば、体力が無い。
自分と戦ったあの時は恐らくアルコバレーノが放った特殊弾の影響もあったのだろう、比べてみても一目瞭然というほどの通常時の体力のなさ。
「まったく、ちゃんちゃらおかしいですね」
「こっちは冷や汗ものだよ!大体骸、お前なんで此処にいるんだよ…!」
「あれ?察しとかつきませんか?ボンゴレ代々の超直感とやらとかで。」
「は…?何それ…っていうか、そんなに直感よかったら今まで俺の人生もう少しマシだよ」
深く深くつかれる溜め息に、どこか楽しいと思う自分がいる。
可笑しい、どうして憎むべき対象でしかないこの子供ひとりに自分はこうも動揺と歓喜を覚えているのだろう。解らない自分を解析しようと脳を動かす反面、如何にかして会話という行為を続けんと思考が動く。
「ねえ、君は如何して僕の手を引いたんですか?」
「はあ?お前があんなところにいるからだよ!」
「それは、どうして、ですか?」
ざわざわと、夜風が騒いで頬を煽る。
「どう、して…?」
「そう、どうして。ねえ、答えて、ボンゴレ?」
「どうしてって…それ、は…」
もごもごと、どうにも聞き取れないような、声とも呼べないもので呟く姿を腹を抱えて笑いたい気分で眺める。
もう一度問い詰めてみようか。
そんな意地の悪いことを考えていた自分の後ろの後ろを唐突に見つめた彼が、またしても慌てたように叫びだす。
「や、ばい!ちょっと骸、こんな見えるトコいたらやばいって!!」
「ちょっと…なんですか、強く引っ張ったら伸びますからやめてください」
「制服はそんな簡単に伸びない!…、お前とのごたごたがあってから、雲雀さんが夕方は見回りしてんだよ!!見つかったらやばいんだって…あぁもう!さっさとそこでも入ってよ!!」
勢いよく引かれていた腕が離れたと思った途端、背中をどんと押されて公園によくあるドーム状の遊具(正式名称など知らない。公園なんて平和としか言いようのない場所に来た記憶すら殆ど無いのだから)に突っ込まれる。
この間抜すぎる自分の状況を考えてみると、本当にあのボンゴレ10代目候補である子供には驚かされる。
びくびくと怯えているかと思いきや、自分を匿うような仕草すら見せる。
全くもって訳がわからない、けれどそれゆえに楽しくて仕方ないのだ、見ていて飽きない人間というのを自分は初めて見つけたかもしれない。
「…ちょっと骸!奥つめてよ、俺が入れないだろ!!」
「は?君も此処に隠れるつもりなんですか…?」
「あ、あたりまえだろ!俺だって雲雀さんに見つかったら色々大変だから嫌なの!早くつめろって!」
「無茶言わないでくださいボンゴレこれは子供用の…」
「お前体柔らかそうだからどうにでもなるだろ、はーやーくー!!」
「いた、いたた、ボンゴレちょっとその偏見は勘弁してください僕が折れます」
ぎゅうぎゅうと小さな穴のなかを割りと図体のでかい僕と小さなボンゴレが入り込む構図は恐らく珍妙きわまり無いだろう。
夕暮れ時だからいいものの、これを真昼間からやった場合、相当おかしなことになることは間違いない。
「これだけ密着していると君の身体を案外楽々乗っ取れそうですね」
「え!?う、うそ!」
「クフフ、冗談、ですよ」

純白の炎なんてものは、存在してはならない。
けれどもどす黒い炎の熱に焼かれていたあの時、果てなく醜い人間道を発動させた自分に向かい来るてのひらに宿っていた炎は、何者にも染められないであろうまっさらな、そう、純白の炎に見えたのだ。
傍目からすれば脆弱極まりない炎に焦がされた心と体と意識が最後に捉えたのは悲しげに揺れる瞳。
どうして、と、思った。
ひとつひとつ、彼の大切なものを容易く壊そうとしていた元凶である僕にどうしてそんな目を向けるのだろうか。
それは同情とは違う、そんな安っぽくて薄っぺらいものなどとは遥かに掛け離れた位置にあるようなものだった。
自分には計り知れない思考を含んだ瞳。
多分今、自分がこうして彼を訪れたのはそれが心の中で大きなしこりとなって引っかかっていたせいなのだろう。
散々悩んで考えて、ようやく解った気がした。自分の心というものが、どこに向かっていたのか。

「ねえ、ボンゴレ。」
「……な、に?」
先ほどの発言にまだ怯えているのだろうか、声を発するのに少しばかり時間をかけて。
けれど完璧な怯えではなく、少しだけ、此方に歩み寄ろうとするような、そんな色も含んだ声。
「もう一度、聞きましょうか。ちっぽけなことに怯えて怯えて、そのくせ人の事ばかり考えて、その上行き成り…まあアルコバレーノの助力も多少はありますが、強くなって。容赦なく叩きのめしたと思ったら君は、敵でしかない僕と僕等のことを気にかける。」
それまでは薄暗い遊具の穴に掘られた子供たちの落書きを見ていた瞳を、彼の方へ向ける。
やはり彼は怯えながらも目を逸らすことなく、じっと、ただ此方だけを見て、続く言葉を待っている。
「ねえ、弱くて強いボンゴレ。君は如何して、僕の腕を引いたのですか?」
ざわざわと、夜風が外を歩いてく。
夜へと足を踏み入れた薄暗い公園、人は誰も居ない。
僕はただ、彼の言葉を、待っていた。














「生きてたか、ツナ。」
「リボーン……、お前なぁ!!」
とぼとぼと、何故か途方も無い疲労感に襲われながら帰宅すると、玄関に有能すぎる家庭教師が立っていた。
「お前、またどっかから覗き見してたんだろ!助け舟ぐらいだせよな…あーもうめちゃくちゃ疲れた…精神的に疲れた…」
「7割ぐらいは自業自得だったからな。あえて手は出さなかったんだぞ。」
「面白がってたのが大半だろ、お前の場合…。」
ふう、と溜め息をつけば容赦なく弁慶を蹴られる。痛い、果てしなく痛い。
「…お前は、本当に、ボンゴレだな」
「ちょ、…そ、それ…どういう意味だよ……!!いいい、痛ぇー!!!」
「ボンゴレ、候補に相応しいってことだ。大空に相応しいまでの甘さと包容力を、お前は一応持ち合わせているからな。」
何時ものような不敵な笑みではなく、時折、本当に時折みせる、よくやったと褒めるような笑みを刹那に浮かべたリボーンはそのままくるりと背を向け「ママンが居ないんだ、さっさとラーメンよこせ」と何時も通りに戻ってリビングへと歩いていった。

足には痛み、脳裏には赤と青の瞳と寂しげな声。
色濃く残ったあの人の存在感をもう一度思い出して。
「………無事だと、いいな」
何故だか、そう思って、あの戦いの時に感じられなかった人間味を今日直傍で感じたことを思い出して。
ふと、笑った。










リセットボタンは押したから、
もう一度
明日を始めよう。
(それに俺は、できる限り立ち会いたいんだ。何だか心配で仕方ないから。)














「俺、は。……俺は、骸を見捨てられなかったんです。…多分。」
「だって、俺のあの時の炎で、骸さんの野心とかは、少しぐらい、浄化されたんでしょう?」
「なのに、それなのに…あんな。……あ!ど、同情とかじゃないですよ!?ただ、なんていうか…」
「ウチ、小さい子供が沢山、いるんだ。そいつらはまだ善悪とかが、わかってなくて。相当迷惑なこととかばっかりするんだよ。」
「俺、骸さんも、その…そんな感じかな、って。思ったんです。」
「上手く伝えられないんだけど、骸も、少しずつでいいから、折角浄化とか、できたんだしさ。」
「もう消えたものは忘れて、違うことを誰かから教えてもらえればいいなって。」
「昨日はもう、昨日でしかないから。だから明日、また明日。それまで解らなかったこととか楽しいことを、骸が知っていけたら、いいなって…」
「……っだー!あーもう、なんか俺…阿保みたいだ…何言ってんだろーな!アハハ、忘れて、もうさっさと忘れて…!」
「………くれる前に、あの、もうひとつ、だけ…」
「俺、骸に身体を奪われるだとかなんとかって言う話を、この前考えてたんだ。」
「それは、俺の意識を骸が完璧に奪ってなくなるってこと、だろ?でもそれじゃつまらないし、さみしいと思うんだ。」
「どうせだったら俺は、もっと骸のことを知りたい。そのためにはひとつになっちゃ、何も始まらないから。」
「俺は。俺は、骸と、話がしたいんだ。マフィアを憎む六道骸と、…ボンゴレの候補の俺とじゃなくて。ただの人間の、俺とお前で。やっぱりちょっと怖いけど、でも、話がしたい。」



ぱちりと、目が醒める。
「あ、骸さん!」
「やあおはようございます、ただいま千種、犬。とは言っても最低最悪の牢獄なんてシチュエーションですけれどもねクフフ!」
「……骸様、機嫌が、いいんですね」
「あ、解ります?どこぞのボス候補さんが非常に頭の弱いことばかり言う物で、楽しくて楽しくて…!」
「あいつれすか!あの、よわちっこいやつ!」
「ボンゴレ、10代目」
「彼は僕がまっさらな子だと言うんですよ、クハハハ!ちゃんちゃら可笑しいったら無いですね!」
塞がれた両腕、繋がれた四肢、薄暗い牢獄。
夜の風が頬を撫ぜることもなくただかび臭い冷たい空気が漂うだけの、牢獄。
復讐者の牢獄へ連れて行かれる経由地点に置いておいた幻の元へ辿り着いた自分を迎えたのは、幼い頃、「六道骸」の生の中で自分を選んだふたりの人間。
「…犬、千種。やはり僕にはあの体が必要になりそうです。不可解で不愉快で、けれど何故だか心が惹かれてならないあの、ボンゴレ10代目候補の、体が。」



話が、したいんだ。
そう言った彼を十篇ぐらい叩きのめしてから。
それぐらいしてからなら、話をすることをよしとしよう。
甘くて仕方ない彼が、世界は愚かで醜くて恐ろしい物だと理解するには、ソレぐらいのムチが必要になるだろうから。



 

 

 

 

 

 



(ウチの骸ツナは…なんなんだろうね。(笑)書いててすごい謎になった。とりあえずある程度距離が縮まるまでは呼び捨てで、少しなかよしさんに近づいたら「骸さん」って呼ぶんじゃないかなうちのツナ。曖昧ですがとりあえず解ったのはそこらへん。なんか骸ツナはムックが異常なまでに会話をしようとするので止めるのに苦労します。自己主張が激しいよ骸さま!(笑))(ところで実はすまっぷーの「夜空のムコウ」からネタが出てきたんだけど…ダラダラ書いてたら全然違うねこれ。色々すいませんでしたホント。電波な話すぎてごめん。ツンデレムックに飢えてます。なのに電波な骸と馬鹿なツナでごめん。)(070218//Hisaki.S)