それは掌に乗せても白く
まるでそれは
発光するかの、ように。
こつりと転がった、白い欠片。
火葬という方法は類稀なるものだが、此処ではそれが一般常識とされている。
イタリアの国に従順するのならば土葬、しかし希望者は火葬という手段もある。
我等のボンゴレは、最初の死亡者が出た夜(彼に盲信する右腕の静止も聞かずに)血塗れの遺体を抱きかかえてひとこと言い放ったのだ。
「燃やそう。火葬だ。」
その瞳は一切を写すことは無く、ただ、伏せられていた。
恐らくじっと見つめていたのはもう開くことの無い死者の目だったのかもしれない。
それから彼は部下がひとり、またひとりと死ぬたびに(それが例えどんなに下っ端としかいえないような者だとしても)火葬を行うようになった。
例えば体中に弾を浴びた、既に屋敷に運ばれた時は冷たく死後硬直も過ぎ去り穴だらけで血液も完璧に流れきって固まってしまった遺体でも。
例えば拷問の末に四肢を切り落とされ全身を切りつけ捻られ打ちのめされた、もはや人の原型を忘れてしまった遺体でも。
どんな屍すらも、彼はやわらかな手でそっと抱いて、自分の手で火葬場へと連れて行くのだ。
「ボス、」
「何、骸。どうしたの?」
「…、いいえ、お気をつけて。」
誰一人とも目を合わせずに、たったひとり。
ついてくることを許さずに一人、彼は、屍に炎を手向けるのだ。
ある日仕事から帰り報告を終え、部屋から去ろうと向けた背中に声がかかる。
「骸。」
「なんでしょうか、ボス。これから直行する仕事ができました?」
「ううん、違うよ。付いてきてほしいんだ、ちょっと。」
その笑みが、火葬場へと向かう彼と似通っていた為だろうか。
それともその狂気に少し触れかかった美しさの際立った笑顔に、惹かれたのだろうか。
「ええ、僕でよろしければ、何処へでも。」
まるで傅く従者を演じるように、ゆっくりとした動作で跪いてみれば、ふと上から呟きが零れてくる。
「ああ、よかった」
マフィアたちは皆、学校に通うかのような制服感覚でスーツを着ているのではと疑いたくなる程、黒が並ぶ。
黒いジャケット黒いストレートパンツ、ネクタイをしっかりと締めて白いシャツのボタンを全て留める。個性の強いボンゴレと、それに関わる一部の人間たちは気まぐれにネクタイが違ったり、そもそも服装すらラフな者もいる。
けれどそんな中で、唯一、自分から進んで標的になるような色を着る人間が、目の前を歩いている。
白い、のだ。
黒衣の死神と称しても良い様な最凶教師アルコバレーノとはまるで真逆の、白。
天下のボンゴレファミリーの10代目、彼は上から下まで全てが白く飾られている。
全体的に色素の薄い彼が白を装うと、最後に残る黒は唯一、細いネクタイのみになる。何処にいても、すぐさまに目立ってしまうような姿。
それは同時に、赤い色彩を中心として蠢くこの世界の中で、すぐに汚れてしまうような色を、あえて着ているのだ。彼は。
今もそう、抱きかかえた部下(と言ってもソレは自分の下で動いていた者、だったものであり、自分にとっては厄介としか言いようのないぐらい使えない男だったが)が流した血液の、未だに凝固しきってない部分がその白いスーツに滲んで乗り移って、所々が赤く染まってゆく。
死して尚いい度胸をしているものだと思ってしまった自分に軽く嫌悪を抱きながら、するりと耳には言ってきた声に意識を戻される。
「病院とか施設、みたいだろ。此処は」
「そうですね。あえてそれを聞くあたり、君の性格はアルコバレーノによって相当歪められたみたいですが。」
「あはは、うん、まあ、そうかもしれないね。ずっと一緒にいたから、リボーンとは。」
「おやおや、妬けますね。」
空っぽの会話が、唯一気を紛らわす方法だった。
彼の言うとおり、それまで沢山の色彩を放っていた場所から、だんだんと白い道しか無くなって来るのだ、此処は。
この生での忌まわしい記憶がぐるりと、そう何度目か巡ったあと、彼の足音が止まる。
言葉は要らなかった。
真っ白な扉、開けばそこは、広くて白い部屋。ぽつりと置かれた人一人程度が乗れるであろう台だけが異質を放つ空間。
漂うのは死臭だけだった。
「ここで。…君は、いつもお一人で?」
「そう。俺は此処で、皆と。」
「会話が噛み合っていませんね。」
「ほら、燃やすよ。さようならだよ、骸」
「聞いていないでしょう、僕の話。」
勝手に解釈をしてから、自分勝手に炎をめらりとたなびかせる。
じり、と鈍い音。肉の焼ける匂いと同時に、焦げ臭さが鼻腔を燻ぶってゆく。
最後に残ったのは
白い白い、僅かな、骨だった。
雫は溢れ堕ちる以外に
死ぬ術を知らない
(最後はばらばらになってしまうこと以外、何も逃げ道を、持たないのだ。)
「俺と、ひとつだけ約束してほしいんだ」
「ほう、ようやく、本題ですか?」
「これでほら、みんな一緒になれたんだ。俺の中で、みんなと。」
「そんな君の願いは、なんですか?」
「最後にひとつになった俺を、お前が喰らって?そしたら俺も、みんなも。お前と巡れるだろう?」
彼は静かに涙を流しながら僅かに残った骨から小さなひとかけらをひとつ選んで。
白い指先で更に白い骨を、持って。
「それはそれは、なんとも酷い願いを乞うものですね」
がりりと、咀嚼した。
そうして彼の身体の中で、またひとりが、ひとつになった。
(とにかく病んだツナが書きたかったんです。すいません。酷いツナと可哀想な骸な骸ツナも好きなんです。ごめんなさい楽しかった(笑))(070405//Hisaki.S)
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