その深い深い闇を渡り歩くと小さく蹲り膝を抱えた子供がいた。
どうしたのですかと僕は問う。
だがしかし返事はなくただしんと静まりかえる闇にはしゃくる様な小さな声だけが響くのだ。
だから僕は仕方なしにもう一度だけ問う。
子供はただぽつりと、いらないこだ、と溢した。
いらないと誰が言いましたかと聞けば思い出したかのようにびくりと震えてからみんなが、と返る。
抱えた膝を握り締める力は強く強く、白く小さな子供の掌はますます白く色が消えてゆく。
泣かないでください、さあ君の名前はなんですかと聞けば、ようやくしてその顔が此方を見やる。
どうして、そんなことを、きくの。
だって、君の名前を知らないと君を呼べないでしょう。
皆はダメツナっていうんだよ。
それは君の名前ではありません。さあ、君の、名前は?
気付けばしゃくりあげる声は止まり、ぽかんと此方を見つめる幼い瞳から一粒涙が頬に零れ落ちるのと同時に、名を名乗った。
君の名前を呼ぶ人は、いないのですか?
問えば此方に向けられていた視線がそろそろと沈む。
そんなの、いないよ。皆俺なんか役に立たないって。いらないって。つまらない、って。
小さく消えてゆく語尾に、思わずくすりと笑みを漏らしてしまう。
君はそんな餓鬼の言葉に惑わされているのですか?
俺も、餓鬼…だよ?
あぁそうかもしれませんね。
くすくすと笑みを漏らせば、子供も釣られて笑い出す。
緊張の糸はようやくしてぷつりと切れてくれたのだろうか、柔らかい笑顔が此方を見ている。
いいですか、今もし君を疎む人間がいたとしても気にしてはいけませんよ。君はそのまま、育たなくてはいけないのです。絶えてください。これは僕から君への呪いです。絶えて絶えて我慢なさい。投げやりになって甘受するのも少しぐらいは妥協しましょう。君は…そう、出会わなくてはならない人が沢山いるのです。
ほんとうに?本当に俺と出会ってくれる人がいる、の?
ええ、ほら此処にもひとり。今は名前を知らないでしょう。けれど君はきっと知ることになります。僕を。だから僕に出会うまで、死んではいけませんよ。不必要だなんてそんな馬鹿なことがあるわけはありません。君は愛されるためにそして愛するために生まれてきたのです。沢山の人間を守り沢山の人間を壊して、けれど慈しまれる君は、生きなければなりません。
そこまで言うと、子供は、よくわからないと唇を尖らせる。
なんて子供臭い動作なのだろうと何故だかくつくつ笑いが止まらないけれど、続けて口を開く。
此処は暗いですね。こんな暗闇に君はいてはいけません。さあ立ちなさい。そろそろ君にも朝をあげなくてはいけませんね。
つう、と。指を闇に滑らせる。
避けるようにして暗黒はカーテンのようにふわりと靡き、やがて暗闇になれた瞳を開いてられなくなる程の眩しい光が容赦なく差し込む。
さあ生きなさい。目を、覚ましなさい。
「綱吉君。」
め
ぐ
り
う
た
ばちんと、音がしたんじゃないだろうか。
「……、」
「ああ…ようやくのお目覚めですか、ボス。」
「…う、」
「う?」
「うわぁああああああ!!!!!!?」
きーんと、一応早々に耳に手を宛がい塞いだ上から響く絶叫。
昔から表情や行動に全てが出やすかった現、ボンゴレ10代目の久方ぶりの全身全霊を込めたツッコミがみれるのだろうかとぼんやりしていると、ちゃんとそれはやってきた。
「なな、な、骸!?お前何してんだよっていうか近!顔近いな!なんだこれ!?…って痛ぇー!!!」
「はいはい、そろそろ黙ってくれますかボス。傷に触ります、よ。」
「そう言いつつちゃっかり傷口圧迫するヤツがいるか…っ!!」
「嫌がらせですよ嫌がらせ。柄にも無く、僕の了承すらなくボロ雑巾になっている君が悪いんですよ。」
「そもそもの原因はお前があっちで癇癪起こしたからだろ!?」
「だって天下のボンゴレはあんな貧弱な少年だったとかなんとか抜かすんですよ?無礼にはそれ相応の恩返しという物をして差し上げるのが礼儀という物です。」
「お前ちっとも成長してないよな…!!」
恐らくぱっくりと開いていた傷は、医療班の手によってでも痛みぐらい残るのだろう。
それとも、今でも彼を飴と鞭で指導し続ける家庭教師の指示により、あえて痛みを残したのだろうか。
そんなことは知る由ではないけれど、いいザマだと笑いたくなってしまう。
甘い甘い、今でも、優しすぎる。彼は。
だからこそ、やわらかな心に刻まれた古傷が疼いたまま、沈んだ意識に足をとられて溺れてしまったのだろうか。
どちらにしろ、彼の精神と夢にもぐりこんだことを、きっと、僕しか知らない。
「それにしてもほんと…トラウマって…結構キくもんなんですね。」
「はぁ?何お前…骸、トラウマとか、あるの?」
「僕じゃないです、君ですよ」
また彼が潜在意識に沈んだら。
やさしいうたを歌うようにそっと手を伸ばそうか。
僕だけがもつ方法と能力と手段で、巡り巡ってまた彼を、引き摺り起こしてあげようか。
(未来のボスに就任したツナはちょろちょろ過去に惑わされていればいいというネタがぶわわっと出たので勢いで書いてみた。骸が確実にイイヒト属性になっててどうしようかと思った。これはこれでいいのかなと思う自分がいるのでとりあえずこのままでいってみた。骸ツナならなんでも好きな自分なのかなという自覚をしました(笑))(070408//Hisaki.S)
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