「ねぇ、頼むから。」 唐突に言い出した。 「頼むから、さぁ。ねぇしょーちゃん。」 唐突に喋りだした。 床に伏せった末期患者のような、死にそうな顔をしたまま。 窓辺に腰掛けて此方を向いて。 麗らかな春の陽をその背に浴びながら。 靡くカーテンなんか目もくれず、目は伏せたまま。 「俺を、其の手で、殺してよ。」 「何時になったら、殺してくれるの?」 「何時になったら、俺は死ねるの?」 ぽつ ぽつ ぽつ、と。 繰り返した。 「ねぇ、殺してよ。」 「嫌、だな。」 「精々生きて、苦しめ。大馬鹿者。」 そんな顔をするななんて気の効いた言葉を吐く術を知らないから。 泣きそうな己を叱咤して。 「精々、俺と脱出したことでも悔やんでいろ、斑目樋築。」 「―――そうだね、しょーちゃん。」 (オリジナル)
「其の手で刺して」「其の手で殺して」「其の手で俺の命を抉り取って」 幾度と無くそう繰り返す。幾年も経った。それでもまだ、繰り返す。 「嫌だと、言っているだろう。」 「うん?…あー、うん、何か、口癖?」 「…本当に嫌な奴だな、お前は。」 「そ?そりゃーありがとうございます。」 にこりと、気の抜けた笑みを浮かべる人間を とても失いたくないと。 思ってしまう、自分を。 殺してしまいたいのに。 (オリジナル)
頭に降る水滴で、まどろむ意識が覚醒する。 「ん……」 ふと、何故バスルームで座ったまま眠りについたのだろうか、なんて思う。 そこでバスタブを見て 思い出す。 ささやかな恋。 「あぁ、帰ったのか。」 さよなら 人魚 美しい君に着けた金に光る細やかな贈り物は深く灰暗い水底で輝いているのかい? (月草)
目を瞑って、暗闇。 目を瞑って、記憶。 広がる闇の中にさらに上乗せするように広がるのは過去。今となっては片割れ江夜に言わせて見ると単なる汚点でしか無いであろう、無理矢理で無茶で無謀なあの日あの時の記憶。 意味の無い、野生の獣たちのような雄たけびを上げ、乱れた太刀筋でざくりと肉を切り捨てる。 それでも俺は声も出せずに何も言えず考えることもできずに、ただその引き金を引いた。 引いて引いて。易々と‘にんげん’を殺すことのできるその鉄の固まりを未だ小さな両手でぎゅうと握って、右手の人差し指をぐいぐいと引く。 「 」 叫びたいのに、叫べない。背中を預けてざくりざくりと斬り殺してゆく江夜のように、何かを吐き出してしまいたいのに、それすらできない。 ぱんぱん、ぱんぱん。 ただ音を立てて、ひとり、ふたり、またひとり。壊れて行く‘にんげん’を表面上は無機質な瞳で、見つめていた。 掠めるのは、記憶。 何も居えず何も出来ず、捨てることすら出来ないような、痛みだけしか与えられない茨の記憶。 「戮。」 けれどお前はまた、その茨を共に抱えようと。 当時から唯一の光だった、片割れだけは、瞼をこじ開けて記憶を掻き消して。 「戮、どうしたの?」 涙を拭って、また目を合わせて。 「なんでも、ねぇよ?」 (オリジ/雑音叙情詩)
パーシアン・レッドの髪。瞳の色、色素が少し抜けたような茶色。歩く度に揺れる少しだけ眺めのアシンメトリーウルフが靡いて、少年が立ち止まる。 「……あぁ、戮。如何したの?」 森のように群れて冷たく佇む狭間で、移る姿に少年――陵 江夜は優しく微笑した。 背後に静かに静かに立った少年とショーウィンドウに視線を向けたままの江夜の顔が全く同じだからといってそれを気にする物は全く居ない。それよりも急ぎ足の者共は全くといっていいほど、気付けなかった。 「別に。何でもないさ。」 「そう…?」 「何処行くんだ?お前。」 「…解らない。学校行きたくないから。仕事まで、うろうろしようかと思ったんだけど…戮と逢っちゃったからな、やめた。」 「何だそれ…俺はなんなんだよ。お邪魔無視とかか。」 「あはは、違うよ。単に付いていこうと思っただけ。で、何処行くの?」 「………う、うろうろする…?」 双子は双子。 所詮、双子だった。 (オリジ/雑音叙情詩)