偶々だ。これは偶々なんだ、気まぐれなんだと言い聞かせてから、その扉をノックする。
昨日も見た、扉。
また来いなんて言われてどうしたらいいのだろうと考え込んで結局することもないから来ただなんてそんなことはない。
「開いてるぞー。」
「……ちょっと無用心じゃないですか陛下。」
「お!ルーク!どうしたんだ?」
ちょっとこの人は物忘れが激しい年代にもう入ったらしい。
「いやーすまんすまん、冗談だ。だからそんなに睨むな。」
「いいですよ、別に気にしてなんかいませんから。ちょっと暇だったからふらふらしていただけです。ルークが気になっただけです。」
軽快というよりもいっそ豪快にははは、と笑う陛下をもう一度ささやかに睨みつけていると、しゃがみこんだ直ぐ横で眠たげに目を細めたブウサギルークが体重をこちらにかけてくる。
生きたものに触れる機会は、屋敷の中でなかったせいか、とても新鮮で楽しいのだと思えるようになった。
少なくともブウサギは、どこぞの聖獣のようにやたらですのですの!と喋ったりはしない。
「だからってなあ、折角俺も休憩中なんだ。ちょっとは構え。」
「サボりじゃないんですか?」
「そうとも言うな。」
この人の立場さえなければ、ナタリアを見習え!と強く言ってやりたいなんて思ってしまうほどの堂々とした発言だった。
「それはそうと陛下、どこかの軍人と昨日話していたところで、実に散々な評価をされていたんですが」
「あぁ、アイツまだ色々と根に持ってるのか…。気にするなルーク。たとえアイツが馬鹿だとか無鉄砲だとか言ったとしても、そんなのは本当の俺じゃないぞ。」
本当にこの人が俺の抱えた疑問を一刀両断する位の勢いで解決してくれるのだろうかと、ささやかに膨らんでいた希望がしゅるしゅると風船のようにしぼんでいくような感覚がした。
「少なくとも、ルーク。お前の悩み事ぐらいならぱぱっとだな。パパッと。」
「そうですか、ありがとうございます」
「お前がガイラルディアのように言えば卑屈な感じでどうして生きてるだろうなんて考えてることぐらいになら、な。」
吃驚して、何故か勢い良く立ち上がってしまった。
そんな驚いた俺にうとうととしていたルークすらも驚いて、ブウブウ言いながらそそくさとまた部屋の隅に走って眠りだす。
「お。なんだ、どうしたルーク。」
「どう、して。」
「解りやすいんだ、お前はな。まぁ仕方ないだろう。まだ7歳だ。」
くくくと、どことなく人の悪そうな笑みを浮かべながら面白いものを見るようにこちらに目を向ける。
そこで少しだけ開き直ってしまった。
ああそうだ、俺はどうせ卑屈で、
「どうして、死んでないのかって、此処に居るかって考えているんです。」
そう言った声は思った以上に色がなく、発した自分も少しだけ首を傾げたくなるような声だった。
「いっそ…いっそあの時消えて死んでしまいたかった。こんなにも世界が美しいだなんて、来ていてよかっただなんて思うぐらいなら…だっからあの時、いっそ!!」
「……ならば、死ねと言って欲しいのか?」
言葉が、詰まった。
口は開くものの、そこから一体どうやって音として言葉を発するのか、そういう術を忘れたかのように。
そんな間抜というよりも哀れなくらい馬鹿みたいな顔をしているだろう俺を、陛下はまるで出会ったころのジェイドのような冷ややかな視線で見やる。いつもとは全く違うような、そんな視線で。
「違うだろうルーク。死ねなど、言って欲しくないだろう?死の宣告ではなく、お前は止めて欲しいんだ。お前は唯、生きていてくれと望まれたいんだろう?生きていても良いのだという理由と認められる瞬間が目の前に欲しいんだろう?」
「が、う…!!」
「生きていたいんだろう、ルーク。違うのならば俺が今すぐに言ってやろう。もう一度お前に、死ねと!」
死ねと、言う言葉の、何と苦しいものだろう。
あの時、ダアトで言われた時は、何処かからきっと諦めというものを持っていたせいだろう。此処まで苦しくて悲しくてそしてどうしようもないほどかき乱されるような痛みは無かった。
それがどうしたことだろう。死を享受し、それが空回りしたまま生きていて幸せだろうと微笑んだ。
それなのに、音素は不安定だとか、乖離が始まっているだとか、遠回しで直接的に死ぬ、と。
消えなかったのは何故かだとか、此処に居る理由はなんだろうだとか。
ジェイドは優しく、それをこれからの時間で探して行くのだと言った。皆と、共に。
そんな言葉は、本当は要らなかった。存在理由なんて、そんな物よりももっと先に、言って欲しかった言葉があったんだ。
「違う!!違う!死ぬしかないんだよ!もう音素なんて、ばらばらになってて!」
声がひっくり返って、本当に耳障りなほどの声なのに、それでもその顔をしかめることをしない。
ぼろ、と涙が頬を伝う感覚も走って、ぼんやりと泣いているのだと思い至ったが、それでもさっきはあんなに詰まっていた言葉が、感情に流されて勝手に走って音になる。
「生きてたくなんかなかった!こんなに苦しいとか悲しいとか、嫌だって思うぐらいならいっそあそこで、レムの塔で俺と同じレプリカたちと一緒に消えたかったんだ!死にたかったんだ!!こんなに生きていたいって思うぐらいならいっそあそこで、死にたかったんだよ!!」
泣き叫んだり、喚いたりすることを初めてしたように、思った。
喉が痛くなるほど叫んだせいと泣いているせいで息が上手くできなくて、肩を上下させる。
自分がとても情けなくてどうしようもなくて、それ以前にマルクト皇帝陛下の前でなんて無礼なことをしてしまったんだろうというささやかな後悔もあったせいか、そのまま顔を上げることが出来なかった。
「……言えるじゃないか、ルーク。」
ひたひたと、それまで冷ややかな一瞥しか向けなかったその人が柔らかくそう言って近づく気配がする。
「生きていたいと、ちゃんと素直に言えるだろう、お前は。」
ふわりと、仄かにグランコクマの所々で掠めるような清涼な水の匂いが香ったと思えば柔らかく、小さな子供みたいに抱きすくめられる。
皇帝陛下に膝をつかせてしまった、どうしよう。そんな何歩かそれたことしかわけが解らずに浮ばない。
「死にたくないなら、ちゃんと生きていたいと言え。そんな言葉、俺が幾らでも言ってやる。俺だけじゃないぞ、お前の仲間も親も、それからお前が今まで出会った人間全員が言ってくれるだろう。死んで良い人間なんかいないんだ。俺はお前に生きて欲しいと、望もう。皇帝権限ぐらいなら使えるぞ。勅命なんか出し放題だ。だからな、お前が少しでもこの世界に居られるように、してやろう。」
「…はい」
顔が見えなくてよかったと思った。
それでもきっと、折角収まった涙がまた洪水のように流れて、陛下の肩口は俺の涙でぐちゃぐちゃなんだろう。
ぽんぽんと背中を優しく叩かれるせいで何故か安心して、ますます涙腺が鈍くなった気がした。
「俺、は」
生きていたいと強く強く願う。
「此処に、居たい…です」
「そうだな、なら大変だぞ。まずはお前、レプリカだって虐められるぐらいならいっそ本当にこっちに来なきゃいけないな。住む場所ぐらいならきっと此の城のどっかにあるだろ。寂しかったら俺のブウサギを少しの間だけ貸してやろう。ルークはお前に懐いているからな。寂しくないぞ。抱いて眠れば、太陽の匂いがする。」
「陛下、」
「それから…」
「陛下。」
「どうした、ルーク。」
「ありがとう、ございました。陛下が生きてていいって言ってくれて、俺はとても嬉しかった。」
背中に回っている陛下の腕が強くなって、小さく低くばかやろうと囁いたのは、きっと気のせいなんだ、と。
死にたくなかった生きたかったと 言い聞かせるスケープゴート。
(この温もりに包まれたまま消えられたらとても幸せなのにな、とても。)
(酷い陛下と卑屈ルーク。趣味の塊で申し訳。結局最後は死を享受しちゃったルークでした。陛下、なんかこうしてみると引き金役だなぁ…。それにしても、またルークが陛下の前で泣いてしまった。ルークは涙を流す場所が全くないから、グランコクマ在住の大人達数名ぐらいの前でしか、泣くことができる程度の余裕と優しさを持っている人たちの前で泣くしかないだろうな、なんて妄想がこの前からあるせいだと思います。だってPT…ほぼ子供じゃないか!仕方ないけど。…それにしてもピオルク。満足だ。やっぱ大好きです。(笑))(060824)
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