飛沫が飛び散って肉塊が音を立てて地へと崩れ落ちる。
未だ、ひとを殺す事を恐れ夜に震えながら外へと歩く姿を知るのは恐らく僅かだろう。
「手段を選んじゃいられないんだ…。」
言い聞かせるように呟く背中を心配そうに見つめるティアはきっとその感情を知らない。
知っているのは聡明な引率者と幼馴染の復讐者、そして。
そして、それを過去のものとした、己だけ。

 

 

静かに音を立てないようにと気遣った気配がとんとん、と階段を伝って降りてくる。
既に日付は変わった頃合故に宿屋には他の客がいない。
ヴァンを止めるために、贄の道を選んだルーク。
宝珠を受け取れば敵は数を増し、そうしてルークが命を奪い屍を踏み血に塗れながら進む。
真実の運命を知る者は哀しげな視線を向け、そしてある者は己の罪を認め受け入れ僅かに悲しむ。
その視線にルークは気付いているだろうか。
否、気付いていないからこそ、こうして卑屈さが前面に出るのだろう。
階段を降りきったところでようやく姿を認めてあ、と声を漏らす。
「…………、」
「ルーク?寝付けなかった…ですか?」
「あ、あぁ…うん、そう…。」
濁すように呟いて顔を俯ける。
うろうろと視線を泳がせた後の行動故にいいたい言葉、飲み込んだ言葉が手に取るようにわかってしまう。
けれどそれを促してやるべきなのかそれとも何も言わずにこのまま虚ろな子供を放っておくのか。
お節介な私が選ぶ選択肢は何時でも、決まっている。
「……何か飲み物でもいれましょうか。私はコーヒーにするけれど、貴方は?」
「何でもいいや。俺もコーヒー、かな。」
「砂糖とミルクも、ですよね」
「ミルクは少なめにな」
お節介な私はお節介を焼かなければ、気がすまないのだ。


は、さ。」
ことん、と両手で握りこむように持っていた湯気の立つカップを置いて、言葉を零す。
「なんつーか、殺す事、怖くなったり、しなかったか?」
「…私は、大佐とは違いますからね。」
「…それはつまり、やっぱも怖かったのか?」
「えぇ、もちろん。」
半分まで減ったブラックコーヒーをまた一口飲んで、同じようにカップを置いてから話す。
「人の死を理解できなかった大佐とは違って、こんな性格でも最初は貴方のように震えて。それでも陛下を狙う人間など山のように居る。心が拒絶しようとも、そうですね…慣れて、しまう。ある意味で今の私は捻れていて、大佐と、同じなのかもしれない」
「最初は、眠れなかったり…した?」
「夜が、怖かったです。」
「それはその…夢にまで、出てきたりとか。」
「…そうね、やっぱり、ルーク。貴方と同じように眠ることを恐れ夢を観ることを拒絶して。こうして独りでいるようになった」
「でも、今は大丈夫なんだろ?」
「………陛下のおかげ、ってやつです。何処で聞いたのやら、ブウサギの世話をしている時に言われたのよ。お前、寝てないだろう。悪夢が怖いならなんだ、俺のとこくるか?ブウサギと一緒に寝れるぞー、って。」
そうだその日のことは何故だか良く覚えている。


ごしごしとブウサギの毛繕いをしていたら急に背後から近寄る気配に一体今度は何を仕出かしてくれるのか。外出か、脱走か、それとも大佐のところに行くというのか。
僅かに構えていたら急に頭の上にぽん、と、手がのったのだ。
。』
『……陛下、陛下の大切なネフリーの毛繕いなので御用は手短に御願いしたいですが。』
『お前、何度言っても敬語は治んねぇんだな…。ま、いいや。お前、寝てないだろ?』
ん?と、図星すぎて驚いて振り返る私に向かって首をかしげる。なんて皇帝らしくない人なのだろうかと、此れまでに幾度も考えた疑惑がまたしてもぐるぐると脳内を散々駆け巡ったあと、返答をしていないことに気付く。
『そ、んな。』
『なんだ?やっぱりそうなんだろう?そうだなぁ、何ならお前俺の部屋くるか?ブウサギに囲まれてすやすや寝れるぞー?』
一切の曇りなくそう、笑う姿に言うべき言葉も取り繕うことすらも忘れたことを、数年たった今でもしかと覚えていて、一字一句間違えず言える事は胸を張って誇れるぐらいだ。




「…………ブウサギに囲まれて寝るのは、なんていうか……逆にもっと眠れないな。」
「そうね、そうなんだよね。正直その後どうやってこの場を切り抜けたらいいのかうっかりと大佐に相談を持ちかけようとすら思ったわ。」
そこで溜め息をつけばルークは少々引き攣った笑顔で、それでも、と。
「それでも、陛下がそういってくれたから、は眠ることを受け入れたんだよな。」

じゃぁ俺もいつか、そうなるのかな、と。
言うと同時にルークが掴んだカップからはもう湯気はなく、すっかり冷え切っていた。


 




眠れぬ夜に眠らぬ語らいをしよう。
(今はまだこうして話してやり過ごしてもいいかなと彼はおかわりを望む。)









(ルークがコーヒーを飲むかは知らない。でも7歳児だしミルクと砂糖入れそうだなと思ったんです。残酷な優しい軍人と穢れ無き生贄の子供の話。ていうか未だにヒロインの口調が定まらないの丸わかり(笑))(060609//060707改稿)