喧しい観客にソファーはいらない

 

 

 

 



その部屋の広さから、グランドがふたつ、ぽつんと置かれているように見えてしまう。
「ガイー、あったー?」
「無いなー。ルーク、そっちにあるか?」
「あったら、聞かねえよ。」
白と黒のグランドピアノのバックに並ぶ本棚を覗き込む金と赤。
同時に溜め息をついて、同時に座り込んだ。
「大体な、大事な物なら名前でも書いとけって。」
「はあ!?…あのさ、ガイ。今俺、何歳だと思ってる?お前の中で、なんか俺7歳で止まってない?」
「そんなことはないぞ。お前は何時だって子供だ!」
「だー!もう17歳だっつーの!!」
座り込んだ近くにあった、本棚に入りきらなかったらしい積まれた楽譜を適当にひっつかんで、角が程よく少し遠くで笑う爽やか好青年にヒットするようにひゅ、と投げる。
それに気付いて驚いたように避けるかと思いきや、綺麗にキャッチしてみせる。
「あー……っぶないなルーク!今確実に刺さる勢いだったぞ!?」
「当たり前だろ。そうしようとしたんだよ!」
「お前なあ…って、あれ?此れお前のか?」
「うっそ!?何してんだよガイ!俺の大事な…!!」
「いや、俺のせいなのか?今のは明らかにおれのせいじゃないよな?」


探し物をしていたお陰で、30分程いつもより遅くなったことを連絡したほうがいいかなんてことを歩きながら思い至り、面倒くさいが少々口五月蝿い兄に連絡しようとして携帯を取り出した瞬間にメロディが流れ出す。
「あれ、アッシュ?今電話しようと思って…」
「今アイツから連絡が来た。まだガイの家からそう離れていないな?」
「あー、うん。何?」
「絃。」
「……またかよ。」
「金は帰って渡す。何時もの。A線」
「解ったよ…。じゃ、遅くなるって伝えといて。」
「わかった。」
終始不機嫌そうな声色だが、それは何時ものことだ。
血の繋がっている兄弟で、双子だけあるのにどうしたらあんな物騒な声を出せるものか。
17年間の疑問は何時になっても解消されないんだろうなんて考えながら、静かな道を歩む。
「…金、足りるかなー…」
向かう先は少し路地に入った場所にある、楽器屋。
最近見つけて、それから何故か気に入ってよく帰り道に寄ることにしている。
絃が売っていることを伝えたせいで、此処最近は使いっぱしりにされている気がしなくも無いが、別段嫌な気はしなかった。
むしろあの店をまた少し開拓できることに、ある部分、感謝したいぐらいだ。

 

 

からんとベルが音を立てて鳴れば、くるりとカウンターに座って静かに読書していたらしい店員が眼鏡をあげる仕草をしつつ振り向く。
「おやおや2日ぶりですねえ弟君。お元気でしたかー?」
「どうもこんにちはジェイドさん、いい加減弟君って呼ぶの辞めてくれませんか。大体アンタアッシュに会ったことないだろ。」
「ふむ、さん、が取れたらやめてあげますよー?」
「如何してそんな深い交流もない年上を呼び捨てにしなきゃいけないんだよ…!」
ははは、とさも愉快そうに笑ういい大人にいろいろな物を通り越して脱力すらしてしまいそうになる。
始めはその異質な赤い瞳に驚いたが、たまに見せる冷ややかな一瞥以外の中身は、勝手に判断させてもらうと単におちゃらけたオッサンにしか見えない。
それでも、この人の腕は相当だった。例え普段がふざけた阿保みたいなオッサンでも、だ。
「ま、いいでしょう。気が向いたらやめてあげますよ、弟君。今日もまたお兄さんから依頼のはじめてのおつかいですかー?」
「だぁーれがはじめてのおつかいなんてやるか!!…A線が欲しいって。あるか?」
「それなら多分、……」
にこりとこちらに微笑んでから、視線をカウンター横の扉に向ける。
つられるようにそちらを見れば、荒っぽくがたがたと扉を開けて流れるような金髪が覗く。
「ったくよージェイド。俺に荷だしなんぞさせやがって……、っと。ルーク!来てたのか!」
「どうも、ピオニーさん。」
「なんだよー、なんでさんなんて他人行儀なんだよルーク。ほらピオニー、ピオニーって言ってみろ!」
「アンタどこぞの子煩悩な父親かよ。っていうかアンタ達はどうしてそうも俺に呼び捨てさせてえんだよ…!」
遊ばれているとは解っているのだが、ついつい反応してしまうのは仕方ないことだろうと思う。
精神的な疲労にがっくりと肩を落せば、ぽん、と落した肩を叩かれる。
「ほらルーク、意地悪な眼鏡野郎なんかほっておけ。」
「…俺が買いに来たの、D線じゃなくてA線なんだけど。」
「何!おいジェイド!お前今たしっかにD線っつったよな。この野郎…!」
「ははは、ほら弟君どうぞー、欲しがってたA線ですよー?」
「ああ、さんきゅ…」
左手でピオニーさんの怒りを綺麗に止めながら右掌にA線をのせてす、と差し出す。
案外早く終わった諍いに、きょろきょろと前回までに見なかった楽譜棚を見ていた視線を戻してその手から希望の品を受け取ろうと、した。
「……」
「はい、どうぞ。」
「……」
「ほらほら、どうぞー?」
「……おい、どうぞって…ジェイドさん、アンタ客に商売する気あんのかよ…!」
「嫌ですねぇ、ありますよー?」
「あはは、頑張れよー、ルーク。」
「じゃぁちょっとは手伝えよ…!!」
手を出せばひょいと引っ込ませたりしつつ、悔しいことに身長差を利用されるかのようにひょいひょいと小さな箱を移動させてゆく。
「っだー!早く売れっての!」
「いいですよー、もちろん売りますよ。ねえピオニー。」
「そうだなー、じゃぁルークが今日こそ弾いてくれたら…」
「いいです、駅まで行って注文してきます。さようなら。」
「ちょっとまてルーク。悪かった。売るから、売ってやるから。」

 

 

「只今ー」
真っ白な玄関の重厚な扉を開けば、一気に視線が突き刺さる。
「……な、なんだよアッシュ。おかえり、ぐらい言えよ!」
「…遅かったが、」
「あぁ、絃か。買ったって。ほら。値段はおんなじだから、あとで代金渡してな。」
「あ、ああ……」
「なんだよ、なんかあったのか?」
「な、なんでもねえ!」
「なんだよー!」
ぎゃんぎゃんと玄関で騒ぐのはやめてくださいませ、と近くを通りかかる古参のメイドに言われるまでの数分間の間、うっかり言いあうハメになったのも俺のせいじゃない。
きっとアッシュの眉間の皺のせいだ。

少なくともこの言いあいだけはきっと俺のせいじゃない筈だ!

 

 


 

 



「あーあ、つまんねえの。結局またアイツの自慢話でこの寂しさ埋めるしかねえな…」
「ちょ、ちょっとジェイド、ピオニー!私にばっかり押し付けてないで手伝ってくれませんか!」
「おやおや頑張ってますねーサフィール。その意気ですよー。」
「キー!全部押し付ける気ですか!明日はガルディオスのところに山のように運ぶものがあるんですよ!」
「……サフィール、それマジ?」
「あなた、先生に任された店の責任者なんですから、予定ぐらい確認してください!」
「おやおやー、それはいいじゃないですかー。店員総出で行きますか。」
「そうだな!ガイラルディアに茶でも貰って聞いてるか!」

 

同刻、ファブレ邸
「……、なんか寒気した…」
「テメエが風呂上りに腹なんか出してるからだろ。」
「いや、なんかこう、嫌な予感…。」



 

 

 



(勢いだけで書いてみた。)(8/18日のパロバトンで掘り起こした音楽ネタがやっぱり自己満足で楽しかったので文章にしてみました。書いてて俺だけが楽しい(笑)一応、次で終わります。)(060819)