昔、如何してと訪ねたことがある。
答えは返ってこなかったから、今でも、わからないけれど。
ぶらん、と。
本来座るべき向きとは正反対を向いたまま、アッシュの回転椅子に座って足を揺らす。
椅子の持ち主は引っ切り無しに楽譜と向き合いそして弦を引く作業の繰り返しを淡々と繰り返していた。
「……なー。」
「何だ。」
「……なんでもない。」
「そうか」
「……アッシュー、」
「…何、だ。」
「えっと…あー…うん、なんでもない。」
「……。」
「…………な、アッシュあのさ、」
「何だ!何なんだテメエは一体何がしたいこの馬鹿野郎!」
「う、おお!行き成り楽譜投げんなよ!しかもそれ俺のだし!最悪だ!」
「何だとテメエ喧嘩売ってんのかこっちはコンクール前で気が立ってんだよ解ってんだろ解ってんならさっさと言いたいことがあ
んなら言えそしてさっさと出て行け!!」
そこまでを、長い髪を軽く振り乱しながら息継ぎナシの喉を振るわせる大声でさらさらと噛むこともなく言い切った片割れに対し
て、珍しさのあまり本来の質問事項を放置してまでも漏らしてしまったヒトコトが悪かったのだろう。
「すげー…アッシュがノンブレスでそこまで言い切ったー」
「……うぜえ!出ていけ!!」
ぐいっと首根っこを掴んで、勢いよく扉を開けて、そのまま慣性の法則に従いつつ扉を壊すんじゃないかという勢いで閉められる
。
機嫌のバロメーターを目で見ることが出来たとしたならば確実にレッドゾーンをブチ越えてしまったのだろう。
「あー…やっちゃった…。」
自分の失態に軽く、本当に軽く悪気を覚えつつ、今は何を言っても聞かないであろうと踏んで。
そのまま隣にある自分の部屋へと入っていく。
偶々ぽんと思い出した疑問と、答えられずに隠された答え。
確かめることはその日終ぞなかった。
君ほどのレベルならばもっと上へ行けると、散々言われ続けていた幼いアッシュが何をしたかというと、力いっぱいそこの講師を
殴りつけることだった。
幼いと言っても、当時のアッシュはある意味やんちゃすぎるほどの元気いっぱいっぷりを疲労していた子供だったので、クリーン
ヒットを喰らったままダメージのあまり暫く蹲る講師を鼻で笑い、年齢に不相応なまでの態度を惜しげもなく発揮した後で俺の手
を引いて、強制的に教室を飛び出した。
「アッシュ。アッシュ、楽譜…」
「また買えばいいだろう。」
つかまれた腕が少し痛くて、必死に声を掛けてもそっけない返事しかしてくれない片割れの行動が当時こそ理解できなかったもの
の、今なら手に取るように解ってしまう。
切欠はそれではなく、その三瞬ぐらい前に片割れではなく自分に投げつけられた言葉だったのだろう。
全ては俺のせいで、俺の為だったのだ。
自惚れも3割ぐらいは入っているかもしれないけれど、それでも確かに自分の為の行動だったのだ。
だって、その後ぽつりと、呟いたのだから。
「お前が悪いわけじゃ、ない」
気に病むなと、言いたかったのだろう。
確かに俺はアッシュと比べてどうしようもなく駄目で、救いようもなく卑屈で、だから演奏技術なんてまったく秀でていなかった
。
ヴァイオリンの基礎をぽんぽんと会得した後に、コントラバスでも子供故の小さな体からは想像も出来ないような深い深い音を奏
でられるようになったアッシュと、その基礎すらもうまくこなせない自分。
それは後に、現在のアッシュの師である人に教えられるまでトラウマのように残った亀裂。
それはもしかしたら、自分が弦楽器から離れる、最初の切欠だったのかもしれない。
隣の部屋から微かに聞こえてくる音を右から左へと受け渡して、中では記憶を反芻しつつ考える。
2回しか訪ねたことはないけれど、その度に気付けばはぐらかされた疑問を、偶々思い出したから聞こうと思って、そのタイミング
が悪かった。
明日聞こう。そうしよう。絶対明日問い詰めよう。
コンクール当日になってしまえば、何時も何時でも機嫌の悪さは吹き飛んでしまう片割れの性格を理解したうえで、今回こそははぐらかされることのないように。もしそうなったとしても自分からつっこんでいこう、なんて。
近頃少しは認めてもらえてきた自分を叱咤しつつ、触発されるように自分も鍵盤を叩きはじめた。
薄暗い舞台袖、緊張の欠片も見えない普段どおりの表情のまま座り、待つ姿。
静かに音を立てないように、そっと歩み寄って、隣に開いた椅子に腰掛ける。
発表会の締めを括るアッシュだけしかいない舞台袖。他にいるのはスタッフのみだった。
「大丈夫?」
「駄目ならこんなところに呑気に座ってねえよ」
「だよな。はは、お前緊張してないだろ。」
「そんなもんしてたら今日までやってこれねえよ」
「よく言うよ。昨日までぴりぴりしてたくせに」
「あれはうだうだしてるお前が悪いんだろうが。」
普段の数倍小さな声で囁きあうように応酬を繰り返す。
昨日聞けなかったことも、少し機嫌がいいらしい今なら答えてくれるんだろうか。
「なあアッシュ。今なら聞いても平気だよ、な。」
「……なんだ。」
「何でアッシュは、さ。何でコントラバスなんだ?」
「………決まっている。」
そこで、本当に珍しく、くすりと笑って。
「コントラバスはでかくて格好いいだろう。」
在りし日の思い出を焔が燻ぶる。
「……え!?え、そんだけ!?」
「悪いか」
「いや、悪いって言うか…ええー…マジかよ…。」
「…ああ、出番か。」
「は!?嘘マジで?こんなオチそのまま放置でお前行っちゃうわけ!?信じらんねー!」
「うるせえ黙って座って聞いてろ!大体テメエなんで此処にいる!」
「それも今更かよ…!!!」
(くだらない上にオチはのだめ。)(……そんなこんなで3周年なんで、す、よ…!すいませんちょっと壊れたアッシュとかちょっと馬鹿なアッシュとかそういうの大好きです。ていうか赤毛が…いやちがう。アビスが大好きなん、だ!……3周年おめでとう、ありがとう。音楽パロはこうしてもそもそと緋咲の欲を埋めつつ自己主張を濃密にして去ってゆくのです。3周年だから好きなものを好き勝手に書きましたけれど音楽パロはまた調子に乗って普通の時に書くかもしれません。すいません楽しいんだ。)(そんなこんなでぐだぐだですが、そしてしつこいぐらいに3周年。まだまだサイト続けます。アビスも続きます。見捨てずに付いてきてくださる方はよろしくお願いいたしますー!)(061221)
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