何処で、間違えたのか。




情報が漏れた訳では無い、単に気が抜けていただけだろうと、江夜は思っている。
腹は現在進行形で、珍しく真剣な表情をした状態の戮が縫っているし、それを邪魔してはいけないだろうと、わざわざ鈍く迫り来る痛みを脳内から押しのけて、考え出した。

痛みを分かち合うことで、少しだけ安心しようとしている双子の、兄。

一卵性双生児として、周囲からなんて当然のように見分けは付かない双子だった。
クローンと同じようなものだとも言われる双子だが、そう言われても可笑しくないほどに、2人は、同じだった。
けれど異なる点も当然存在する。

戮は、その纏うほんの少しばかり荒々しい空気と反して、とても、優しすぎた。
痛みを分かち合うことをとても嫌う江夜と、そうしてふたりが在ると理解しそして安心する戮。
戮の感覚が、その思考が理解できない江夜にとって、それは本当に摩訶不思議なものだった。優しすぎる、と。
だからこそ。本来、下らない今を創る大人達が言う、本来《守ってもらえる立場》に居る弟である江夜の方が何時も何時も、その兄を気にかけてしまう。心配でたまらない。




『でもそれが悪いことでは、ないでしょう?』

何時か、戮が居ない場所で、江夜が新良と話をしていた時の言葉。
『でも俺は、ある意味戮に依存しているとも、言えるのに。それを、悪くないって?』
『依存…まぁ、そういう事にもなりますけど、ね。でもそれは君だけじゃない。あの子もきっと同じです。君がそう思うのなら尚更。あの子も君に依存しているでしょうね、きっと。』
『……随分正論くさいと思ったけど、最後はきっとですか…。信頼がちょっと落ちたんですけど…』
『まぁ、信じられないのなら信じなくても、いいでしょうけれど。きっと気付きますよ、二人とも、それが本当だということに。見ていればこんなにもよく解るのに、当人のほうが気付かないなんて…理不尽にも程が在ると、僕はそう思うんですけれど、ねえ。』


彼らしからぬ、少しばかり哀しいような顔をして。何時も心がけているという笑顔を浮かべもせずに、心底哀しむような顔をして。


『…でもやっぱり、俺は信じられないんですよ。この前、少しだけ銃弾が頬を掠めたとき。それこそ酷く遇ってしまえば、泣くんじゃないかなってくらい。自分はその次に来た弾丸が肩を掠めているのに。それでも心配そうに、俺のことばっかり。それをくらって。戮、何て言ったと思います?《あぁ、俺も…当たっちまった。なぁ大丈夫か、江夜。お前らしくもねぇけど、平気なんだよな?俺みたいに弾丸くらって、同じだけど、なぁ、なぁ大丈夫か?》って。なんだかハタから見たら狂人の言う台詞みたいなんですけど、ね。俺としてはそんなこと如何でもいいけど、でもやっぱり怖くなる。解らなくなる。戮は痛みを分かち合って。俺の痛みを、自分のように。それだけは、解らないんだ。他は全部…戮の事なら、分かってるのに。』
『いいじゃないですか。兄弟愛。…あ、違う。双子愛の方が合ってますかね。』
『それは…あんまり嬉しくないような嬉しいような…。』
『素直に喜んでもいいんじゃないですか。やはり変わらないものですよね、二人が依存しているというのも含めて、君たちは本当に、変わらない。変わらないから、気付けない。でも、それでも何時かは変わるんでしょうね。だから其の時まで、悩んでなさい、江夜』

それは、結局無意味で得る物も無くて、全く持って訳の解らないような話になってしまったというのは否めない。
無駄なものなど、記憶も含めてさっさと消去したほうがいいと考える江夜にとっては珍しく、何故だか忘れることもできない、妙な時間となった無駄な時間。

リフレインするのは 誰の声か。(それは新良でもなく、戮でもなく、江夜でもない)誰かの声。
甘い甘い蜜の誘い。毒のように甘美な、声。



《ならばその解らない思考ごと戮を、壊してしまえ。》







それは、きっと。

奥底深く横たわり秘めやかに囁き通す狂いきった江夜自身の、声なのかも、しれない。
醜く幼い、拙いもの。
それを、肯定してはいけないと、江夜はある部分冷静に考えている。聞こえる度に、何時でも。
それはいけないことだから、知らないふりをする。聴こえるのなら聴こえないふりをして、そしてそれに、きちんと、蓋をする。



だから痛みを分かち合うことを望む兄を理解するのは、まだ出来ない。