それが本当の笑みじゃないことは知っている。
幼い頃から共に過ごし共に歩んできた。
双子ながら数分差で遅れてこっちに出てきた弟という立場の江夜が眠りに落ちたのを見届けてから、自分も反対側に設置してある同系型のベットに潜り込み、頭まですっぽりと毛布を被る。
それでも、まだ。戮の心臓は暴れるようにどくどくと波打ち続けていた。
嫌でも思い出してしまうのはざっくりと斬られた、そのまま出血が続けば出血多量により死に至ってしまうのではないかとも思えるような、江夜の傷。
《俺はね、戮。痛みを分かち合うことが嫌で仕方ないんだ。》
最初にそう言われた時、突き放されてしまったのかと思った戮は、うっかりと、そう本当にうっかりと、ぐらぐらと揺ら着く精神のままで、新良の元に戮は一目散に駆けてしまった。
『へぇ、それはまた。早急に行動にでるものですね、江夜君も。』
『何…が、言いたいんだよ、新良さん。訳解んねぇよ…』
『解らなくても、全然結構ですよ、これはこれで彼の問題でもありますし。…それにしても、双子なのにねぇ。解り合ってそうですけど、そうでもないものですね、おふたりさん。』
『…双子だからって解り合えたら……どんなに良いだろうな、そりゃ。俺にとってはあいつ、もう、訳の解らないものの集大成みたいなもんなんだよ、それこそ頭抱えて考え込んじまうくらい。だからあいつがどうしてそんなこと言い出したのか、解んねぇし、もう…』
『らしくもなく沈んでます、ね。戮。珍しいから写真でも撮っておきます?ツーショット。』
何処から出したのか、唐突に掌にカメラを乗せて、ご機嫌な笑みを浮かべながら、新良が迫ってくるのを一睨みしてぼそりと呟く。
『………アンタののそういう所が俺はすっげー嫌いだよ、新良さん。』
ふふ、と笑って、そこで迫り来るのを止めた新良が元居た椅子に座り込むのを見届けてから、戮がふー、と深く溜め息をついた。
『それはそれはどうも最上級のお褒めの言葉で。……でもねぇ、戮。本当に…本当に心から、あの子の言うことは解らないんですか?』
『……悔しいけどな、俺、江夜のことは解ってる筈なんだよ。ほら、俺達は一卵性の双生児でクローンみたいなもんだし、解るんだよ。事実、俺が嫌いな物は江夜も嫌いだし。江夜が嫌いな物は俺も、嫌い。だけど、それに自惚れてたのかもしんねえな…うん。さっぱりだよ、もう。頭が真っ白って、正しくそんな感じだよ…。なぁ、なぁ新良さん?俺は如何したらいいんだよ…』
『それはまぁ、僕に言われても結構困るような台詞ですよね。』
『………すんません。』
『別に謝って欲しい訳でもないんですが…。あぁなんだか素直すぎる戮は本当に珍しいですね。いっそビデオにでも撮りますか?…冗談ですよ。はいはい、それじゃぁ僕から直々に少しだけヒントを与えてあげましょう?』
『ヒント?…ってー事は、あれか。アンタは江夜の台詞の真意を解ってるってことかよ!』
『怒鳴らないでくださいよ。……本当に、手のかかるものですね、双子。君たちはそっくりで、相違点なんか殆ど…それこそ、全くといっていいほど無いのに。違うのはその性質ですかね。ねぇ戮?君はあの子が痛めば当然哀しむでしょうでしょう?心の底からとても、まるでそれが、あたかも己の傷のように痛みを覚えるでしょう?』
『まぁ…そうかも、しんねぇ…』
『それですよ、それ。』
『?……あの、新良さん、俺まったくもって理解不能なんだけど。アンタ、何が言いたいんだよ?』
『解らないというところも、やっぱり双子なんですかねぇ…。兎に角ね、今僕が言いたい事が解らないのは当然なのかもしれないんです。それでも、それでも何時か。そう遠くはない日に。変わらない、まだ変わることが出来ないふたりでも、何時かは変わる日が来るのは当然です。だからその日まで解らないままでも別にいいんですよ。何時かなんていうのは必ず来るものなんです。だからその何時かまで、戮。悩んで悩んで、そうして理解をしなさい。』
暖かな、言葉を、飲み込んで。
気長に待つなんてことは心底苦手だと、自ずと理解をしている戮がこくりと頷けばそれを見て新良はにこりと微笑んだ。
まだ理解は出来ない。それでも何時か。
何時かが、来る時まで―――。
夜も深く、朝日が程よく迫り来る頃、ようやくして眠る戮の心臓は、それまでの記憶によってほんの少しだけ落ち着いていた。
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